永井豪『デビルマン』4・5巻 講談社漫画文庫 1997年

 「やあ諸君,とうとうここまで,わたくしの話を聞いてしまいましたねえ」
 という不動明のモノローグで始まる『デビルマン』後編です。
 人知れず闇の中で「人類を守るために」デーモンと戦ってきた不動明と飛鳥了の物語は,ここへきて大きくその姿を変えます。
 ついに全人類の前にその姿を現したデーモン,彼らは人類への無差別合体攻撃を仕掛けます。しかし理性を失っていない状態の人間との合体は,両者ともに死んでしまいます,おぞましい姿になって・・・。一見無謀にも見えるこの攻撃は,しかし,人類をパニックに陥れます。そしてデーモンの総攻撃。人類はいまだかつてない「異生物との戦争」に直面します。しかしデーモンはわずか1回の総攻撃で,その姿を潜めてしまいます。
 が,恐るべき異生物を目の当たりにした人類は,みずから滅びへの道を歩み始めます。世界的生物学者・雷沼教授は,人類こそがデーモンの正体である,現代社会に不満を持つ者がデーモンに変身するのだと発表。人類は新たな「魔女狩り」の時代を迎えます。

 この作品の凄いところは,けっして「善vs悪」「味方vs敵」「われわれvs彼ら」という単純な図式を採用しなかったことでしょう。マンガ版『デビルマン』とアニメ版『デビルマン』との決定的な違いは,まさにここらへんにあります。
 人類は,みずからの「弱さ」ゆえに,自分で自分の首を絞めていきます。たしかにそれはサタン=飛鳥了が仕掛けた「人間作戦」の結果なのかもしれません。しかし,それはまた,人類が歴史上において何度となく繰り返してきた「異質物の排除」「弱者への暴力」「集団に参加しない者への攻撃」の再現でもあるのでしょう。
 この作者は,それを「これでもか」というほどの暴力的な残酷なタッチで描いていきます。そして不動明がデビルマンであることが飛鳥了によって暴露されたため,牧村夫妻悪魔特捜隊の拷問により殺され,そして明の最愛の女性・美樹もまた,暴徒と化した住民により惨殺されてしまいます。
 ついに作者はデビルマン=不動明にこう言わせます。

「きさまらは人間のからだを持ちながら悪魔になったんだぞ! これが,おれが身をすててまもろうとした人間の正体か! 地獄へおちろ,人間ども!!」

 ここにいたって物語は,「デーモンvs人類」から「デーモンvsデビルマン」へとシフトし,黙示録の世界,ハルマゲドンへと突入します。守るべき人類(=美樹)は,人類自身によって殺され,人類もまた,みずからの「弱さ」ゆえに,恐怖し,混乱し,自滅してしまいます。そこには「人類を守るためのデビルマン=不動明」の姿はありません。ハルマゲドンが「神vs魔」の最終戦争であるならば,そこに人類が入り込む余地はないのでしょう。
 そして物語は「神の降臨」を思わせるラストシーンで幕を閉じます。暴力と血にまみれた全編とはうってかわって,不思議に静謐感に満ちたラストシーンです。

 この作品が,デーモン,デビルマン,そしてハルマゲドンという,ある意味で荒唐無稽な設定の中で,他の「ヒーローもの」あるいは「バイオレンスもの」と一線を画した輝きを持つのは,デーモンに対する人類をアプリオリに「善」とするのではなく,人類の弱さ,おぞましさを,さらにその「滅び光景」を描ききった点にあるのではないかと思います。つまり,前半で描かれたシレーヌとの戦い,ジンメンとの戦いは,それはそれで迫力あるエピソードではありますが,けっしてそれらがメインテーマではなく,この最終的な「破滅劇」にいたるためのプロローグでだったんだな,という思いを強くしました。やっぱり傑作だよなぁ・・・・,変な書き足しさえなければ(T_T)

 最後に関係ないことを・・・。梅原克文の『二重螺旋の悪魔』の構成は,まさにこの『デビルマン』と同じなんだな,とふと思いました。

97/11/09

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