真保裕一『盗聴』講談社文庫 1997年

 『ハポン追跡』の感想文で,長編より短編がおもしろい作家がいるように,短編より長編がおもしろい作家がいる,というようなことを書きましたが,当然,短編も長編もおもしろい作家もいるわけです。真保裕一は,おそらくそんな作家なのだろう,と,5編よりなる本短編集を読んで感じました。

 彼の長編を読んでいつも感心するのは,導入部の見事さです。緊迫感のある描写で,一気にメインストーリーに読者を引き入れるとともに,そこでしっかりと状況説明までしてしまうというのは,なんともすごい筆力(筆圧ではない)だと,常々思っていました。このことは,短編を書く技量に通じるものなのでしょう。

「盗聴」
 企業の盗聴によるスパイ防御を請け負う奥本経営コンサルタント電波管理部門。作並博司らのチームが偶然傍受した永田町から怪電波。発信元を捜索中の彼らの耳元に,殺人現場の音声が…
 以前テレビでもやっていましたが,現在,盗聴というのは,企業でもプライベートでも蔓延しているようで,ひどくリアルに感じられました。物語としても,起承転結がしっかりしているというか,テンポよく展開し,読みやすいです。最後のオチも,読み返してみるとしっかり伏線が引いてあって・・・。ただこれだけのネタだと,もっと思いっきり話をでかくして,長編が書けるのではないでしょうか? ちょっともったいない。
「再会」
 15年ぶりに高校時代のサッカーチームのメンバーが集まる前夜,英輔の妻・幹子が自殺を図る。病院に駆けつける旧友たち。幹子はなぜ自殺しようとしたのか…
 この結末には,心底驚いてしまいました。途中までは,病院に集まった友人たちの思い出話がえんえんと続き,「おいおい,妻の愛を再確認するってのが結末じゃないだろうな」と心配していたのですが,最後の最後になって,「おおっ」という着地。思わず読み返してしまいました。「騙される快感」を久しぶりに感じました。
「漏水」
 堀場邦之を尾行する男。彼は水道局の男だと名乗り…
 この作品も,いったいどういうオチをつけるのかなあ,とおそるおそる読み進めていったのですが,結末はしっかりツイストが効いてます。「小役人シリーズ」の風味を持ちつつ,また『奪取』にも通じるところがあるかもしれません。水道局と犯罪という,あんまり関係しそうにないテーマを結びつけるあたりが,この作者のうまいところなのでしょう。アスファルト道路の凹みに目がいってしまいそうです(笑)。
「タンデム」
 雑誌に掲載された暴走族時代の「俺」の写真。「俺」は数年前の,あの事件を思い出す…
 展開はハードボイルドタッチですが,主人公が事件の真相に気づき,推理していくあたり,しっかり本格していると思います。二転三転するオチも,なんともいえず,小気味よいです。最後のシーンは映画を見ているようですね。かっこいいというか,気障ったらしいというか(笑)。
「私に向かない職業」
 「私」が訪ねた男は,ナイフで刺されていた。「向かない職業」のため,「私」は事件の真相を追う…
 『殺人前線北上中』で既読です。感想はそちらをどうぞ。

97/05/28読了

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