泡坂妻夫『朱房の鷹 宝引の辰捕者帳』文春文庫 2002年

 「どうも世の中には,だろうをそうだとしてしまう人が多い」(本書「天狗飛び」より)

 『鬼女の鱗』『自来也小町』『凧をみる武士』に続く「宝引の辰シリーズ」の第4集です。8編を収録しています。

「朱房の鷹」
 将軍が寵愛する鷹が何者かに殺された。捜索を命じられた辰は…
 確信犯には鬼のように厳しいけれど,過失犯に対しては仏のようにやさしい,というのは,捕物帖においてしばしば見かける岡っ引きのキャラクタ造形ですが,本シリーズもそれを踏襲していると言えましょう。のとぼけた,それでいて粋な応答が楽しめます。
「笠秋草」
 染屋の内田屋では,誰もいないところでの失火が続発し…
 誰もいないところで火がつく,という謎は魅力的なのですが,そのトリックが「知らないとわからない系」なので,個人的にはいまひとつでした。まぁ,そこらへんは,江戸時代の奇術にも詳しい,この作者ならでは持ち味とも言えるのですが…
「角平市松」
 角平市松のデザインが大流行する中,不可解な首切り死体が発見され…
 途中で,ちらりと匂わされる辰の推理(?)は,いかにもこの作者らしい着眼なのですが,結局それは活かされず,あまり「ひねり」が感じられないところへ落着してしまったのが,ちと不満です。大流行する「角平市松」を眼前にして,追いつめられていく真犯人の心を描くと,また違ったテイストになったかも?
「この手かさね」
 売れない噺家から大店の主人になった男が殺され…
 前作と同様,紋章上絵師としての作者の顔がのぞいている作品です。山東京伝が考え出したという「この手かさね」というデザインを巧みに活かしながら,過去の秘められた殺人事件を浮かび上がらせるところは,おもしろいですね。
「墓磨きの怪」
 あちこちの墓地で,人知れず墓石を磨く者が出没。その真意は…
 前4作はミステリ趣向とはいえ,どちらかという江戸情緒あふれる捕物帖といった趣で,それはそれで楽しめるものの,ちと物足りなさも感じていましたが,本作以後ではミステリ色満載です。無償の「墓磨き」というオープニング,関係なさそうに見える道楽隠居の形見分け,小さな矛盾からの推理の展開,と,本格ミステリとしての醍醐味が味わえます。
「天狗飛び」
 大山参りに出かけた辰たち一行。ところが病人が立て続けに出て…
 辰が,話を聞いただけで,“事件”の真相を解き明かすというアームチェア・ディテクティヴ的なテイストを持っているとともに,その“真相”は,まさに「泡坂ミステリ」の十八番中の十八番といった感じの作品です。十八番でありながら,途中までそう感じさせずにストーリィを展開させていくところも,やはり巧いですね。
「にっころ河岸」
 酒に酔って知人の家を覗くと,そこには女の頭を膝に乗せた幽霊が…
 膝に乗せた女の頭の髪を梳る幽霊,稲妻の光芒の中から消え失せる鎧武者などなど,怪奇趣味がたっぷり詰まった1編。こと色恋沙汰には朴念仁のわたしではありますが,ひとりの女性をめぐる確執と,それがもたらすふたつの怪事件というのは,すんなりと自然に受け入れられました。
「面影蛍」
 蛍を見に出かけた夜,橋のたもとでひとりの女と出会い…
 蛍をめぐる迷信を巧みに用いての恋愛話,といった展開で,やっぱり朴念仁のわたしは,いまひとつピンと来なかったのですが,ラストでするりと「異界」へと滑り込み,それまでの「語り」がまったく異なる色合いに染め上げられるところは,いいですね。「語り」で統一された本シリーズのフォーマットを逆手にとっています。

02/08/01読了

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