泡坂妻夫『凧をみる武士 宝引の辰捕者帳』文春文庫 1999年

「なぜ人は祝いごとや弔いで大騒ぎをするんだろうねえ」
「それは多分・・・多くの人に知らせようとするからじゃねえのかな。家に白黒の鯨幕を張れば,遠くから見ても弔いだと判る。金屏風なら祝いごとだ。つまり,見えねえものが見えてくるのさ」
「見えぬものが見える・・・」
「そう。人は見えぬものが見えぬと不都合なことがある。だから,侍は刀を差す。娘が嫁入りすりゃ,丸髷に結って鉄奬(かね)をつける。すると,他人の女房と判るから,それに見合う付き合いができるというものさ」
(本書「幽霊大夫」より)

 『鬼女の鱗』『児来也小町』につづく「宝引の辰」シリーズの第3作は,短編3編と中編1編よりなります。最近,同シリーズの『朱房の鷹』という作品も出たそうですから,ずいぶんと息の長いシリーズです。今回も,主人公の周辺の人々の視点から,「ですます調」で,文字通り「語る」というフォーマットを踏襲しています。そのソフトな語り口で描かれる,しっとりとした江戸情緒も健在です。

「とんぼ玉異聞」
 縁日の露店で見つけた,小さなとんぼ玉。それは,理由もわからぬまま御役御免となった亡父が残したものと同じだった…
 江戸時代の終わり頃,現在の考古学の前史ともいうべき「古物収集」「好古趣味」が流行したという話を読んだことがあります。古墳などの地中から出たものは,その名の通り「掘り出し物」として高額で取り引きされたとのこと。本編は,そんな流行を巧みに取り入れた作品です。「謎解き」という点では少々物足りないところもありますが,テンポのよい展開と,ラストでの“犯人”が見せる水際だったパフォーマンスが楽しめます。
「雛の宵闇」
 大和屋で毎年飾られる雛人形が,何者かにいたずらされた。続いて家人に怪我が相次ぐ。それは雛人形の呪いなのか?
 雛人形の女雛と左大臣が倒されるという奇妙ないたずらと家人の怪我,両者の関係は?という謎解きをメインとした作品。泡坂作品らしい,二転三転する“真相”と巧みな伏線が光る一編です。辰の艶っぽい「解決」もおもしろいですね。でもうまくいかなかったら,どうするつもりだったんでしょう?(笑)
「幽霊大夫」
 廓で発生した無理心中事件。以来,幽霊が出るという噂のため客足の遠のいた店が案じた一計とは…
 「人情話」というか「廓綺譚」とでもいいましょうか。冒頭に掲げた引用文は,なかなか含蓄のある文章だと思いますが,それとともにこの作品のメイン・モチーフにもなっています。ラスト・シーンは凄惨でありながらも,どこか美しくもあり,そして不可思議な因縁に翻弄された男女の哀しみがよく表現されています。
「凧をみる武士」
 あちこちの大名屋敷から上げられる,小判十両がくくりつけられた凧。それをきっかけとしたかのように起こる連続殺人。はたして両者の関係は?
 「とんぼ玉異聞」とともに,本書の単行本化の際に書き下ろされた中編です。中編だけに,提示される謎も大がかりで魅力的ですし,またその真相も大風呂敷が広げられています。前半で描写された人間関係が,思わぬつながりで再構成され,事件の全貌が明らかにされるところは,じつに小気味よいですね(ちょっと「説明」的ではありますが・・・)。ラストはあまりに哀しいものではありますが,最後の一文は,静謐で美しい情景です。

98/08/18読了

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