泡坂妻夫『自来也小町 宝引の辰捕者帳』文春文庫 1997年

 頃は江戸,どうやら幕末のようです。副題にありますように,神田千両町の岡っ引き,宝引の辰を主人公とした「捕者帳」です(「捕物帳」ではなく「捕者帳」です。詳しくは細谷正充の解説を参照してください)。
 7編よりなる短編集で,各編が一人称で語られているのですが,すべて語り手は異なっています。あるときは事件の関係者,あるときは辰の手下,またあるときは辰と同じ岡っ引きだったりします。そして文体が「ですます調」のため,本当に「語り手」といった感じです。なんだか読んでいて,語り手が語っている時点ですでに,宝引の辰は故人で,辰に関わった人々が,彼の思い出話を順繰りに話しているような,そんな変な印象を持ちました。ミステリとしてもひねりが効いていますし,また不思議な情緒のある語り口(これは作者の)です。このシリーズにはもう1作『鬼女の鱗』という作品集があるようですので,そちらも読むのが楽しみです。

「自来也小町」
 幸運を呼ぶと噂され,高値をつける矢型連斎の蛙画。それが「自来也」と名のる盗賊につぎつぎと盗まれ…
 謎解きのところが,じつに鮮やかです。また読み終えてタイトルを改めて見ると,にやりとします。
「雪の大菊」
 なさぬ恋に心中を決めた男女。雪舞う大川に飛び込もうとしたふたりを引き留めたのは,時ならぬ打ち上げ花火だった…
 事件は起こりますが,どちらかというと「冬の最中の打ち上げ花火」の不思議さの謎解きです。暖かくて,ちょっともの悲しい物語です。
「毒を食らわば」
 揉め事の手打ちということでの河豚鍋(てっちり)。翌朝,そのひとりが死んだのは河豚毒のせい?
 物語前半のさりげなく交わされた会話が重要な伏線になっていて,なんともうまいです。
「謡幽霊」
 真夏の路傍に座るみすぼらしい辻謡。彼を見た子供が病気になったことから,ついたあだ名が「謡幽霊」…
 話の展開はテンポよく,読みやすいのですが,最後の謎解きはしょうしょう唐突の感があります。
「旅差道中」
 お江戸に向かう旅の途中,宿の帳場に預けたはずの脇差が竹光に化けてしまい…
 容疑者が限定されているにも関わらず,誰からも脇差が見つからない謎。これも知っていなければ解けない謎,といった感じで,物足りません。
「夜光亭の一夜」
 長崎生まれのハーフの夜光亭浮城は,今をときめく女手妻師。満員の彼女の席亭で,床が抜け落ち,席亭の主が死んでしまう…
 これはうまいです。名探偵・宝引の辰の面目躍如といった感じで,「ああ,なるほど」と感心してしまいました。本作品集では一番のお気に入りです。夜光亭浮城のモデルは,やはり二代目引田天功でしょうか?
「忍び半弓」
 薬問屋皿屋の番頭・重兵衛が,昼の最中に弓矢で射殺された。いったい矢はどこから放たれたのか?
 多少,ミスリーディングがあざといところがありますが,目撃証言から容疑者を絞り込んでいくプロセスは,なかなか本格風です。辰は人がいいのか悪いのか(笑)。

97/06/13読了

go back to "Novel's Room"