泡坂妻夫『鬼女の鱗 宝引の辰捕者帳』文春文庫 1992年

 以前に読んだ『児来也小町』に先行する「宝引の辰シリーズ」です。『児来也』と同様,主人公の辰をめぐる人々が事件について語る,という体裁をとっていますが,1編だけ,辰自身が語るエピソードが収録されています。

「目吉の死人形」
 井筒屋の評判の小町娘が殺された。その現場が“生人形”で再現されるという…
 トリックも犯人も途中で見当がつきますが,犯人をあぶり出すシーンが,怪奇趣味が横溢していて楽しめます。むしろこちらの「トリック」の方がおもしろいですね。
「柾木心中」
 江戸沖で,若い男と老婆の奇妙な心中死体が見つかった…
 事件の「解かれ方」は,ちょっと唐突な感がありますが,生前まったく関係がなかった若い男と老婆が,手を手ぬぐいで繋げて,心中のごとく発見されるという奇抜な謎と,その合理的な説明は,さすが「亜シリーズ」の作者といったところです。
「鬼女の鱗」
 秘密裡にふたりの男女に刺青を施した職人は,10年後,その男の死体に遭遇する…
 前半で引かれていたさりげない伏線が,じつに巧いです。なるほど「木を隠すのは林の中」,「林がなければ作ればいい」という,ミステリの古典ですね。
「辰巳菩薩」
 死ぬ前に今一度,と来た遊郭で,男は花魁から50両の金を貸してもらい…
 う〜む・・・,なぜ花魁は惜しげもなく金を貸すのか,という謎はあるものの,どちらかという人情話ですね。ちともの足りない・・・。
「伊万里の杯」
 墓地で自刃した武家の内儀と,川で発見された男の死体とを結びつける糸は?
 主人公であるはずの辰がほとんど活躍しない,風変わりな一編。種明かしはこの作者らしい発想だと思います。また余韻のあるエンディングもグッド。
「江戸桜小紋」
 首吊りで有名な「咲かずの桜」が枯れ,近くの“六福神”の石像が壊された…
 この作品も,一見関係のない,「三題噺」のような不可思議―首吊り,枯れた桜,六福神―が,ラストでするすると結びつくところが鮮やかです。この作者,こういった犯人像をときおり創り出しますね。
「改三分定銀」
 掏摸にあった財布からは,横浜でしか見られない“めきしこだら”の銀銭が…
 唯一,辰自身が語る一編。本シリーズの舞台が,開国直後の幕末であることが明らかになるエピソードです。封鎖された遊郭からの人間消失の謎が描かれています。まぁ,途中で見当はつきますが・・・。

98/11/19読了

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