大沢在昌『新宿鮫』光文社文庫 1997年

 新宿署防犯課のはぐれ刑事,鮫島。音もなく犯罪者に食らいつくところから,ついた仇名が“新宿鮫”。彼は,銃の密造人・木津を追っていた。おりから管内では警官の連続殺害事件が発生。ふたつの事件は,いったいどのように結びつくのか? 鮫島は犯人を阻止できるのか?

 いままで読んだ大沢作品は,『走らなあかん,夜明けまで』『涙はふくな,凍るまで』の坂田勇吉シリーズと,佐久間公シリーズの『感傷の街角』の,計3冊だけです。とくに前2冊の軽快なテンポの展開と,どこかユーモラスな文体は,けっこう楽しんで読めました。が,この作品は,設定がずいぶんとヘヴィです。公安内部の暗闘に巻き込まれ,自殺した同期の警官から鮫島に託された手紙。それは,警察組織を根底から覆しかねない爆発力を持っている。警察上層部は,鮫島を抱き込むことも,放逐することもできず,新宿署防犯課に“預けた”,という設定です。“はぐれ刑事”というのは,刑事物の作品にはしばしば見受けられますが,これほどヘヴィな,そして物語の展開そのものさえも左右しかねない設定というのは,珍しいのではないでしょうか。

 さて物語ですが,軽快というかスピード感あふれるストーリー展開と,ときおりはさまれる鮫島と恋人・晶とのあいだのユーモラスな掛け合いは,この作者のお得意のパターンといえましょう。鮫島と木津との対決も,不気味というか,「ちょっと,ご勘弁を」といった感じの,なかなかおぞましいものがあります(笑)。また連続警官殺害事件の成りゆきも緊迫感があります。そういった点では,一気に読める作品だと思います。ただ,どうしても気になったのが,物語の前半部から登場する“刑事ドラマおたく”の男の存在です。けっこうページ数を割いて描写しているわりには,なんだかひどく扱いが中途半端な感じがします。たしかに彼の思い入れたっぷりの行動が,警察の捜査の攪乱にはなったかもしれませんが,読者に対しては,最初から事件とは無関係であることを明かしてあるわけですから,「もしかしたらこいつが真犯人?」といったミステリアスなものも感じられません。また彼の行動が,クライマックスを構成する重要な役割を果たしているのであれば,それはそれで意味があるのでしょうが,けっきょく結末でもなにやら尻つぼみ。いったい彼の役割はなんだったのでしょうか? こういった,捜査陣を攪乱させるお調子者(?)は,警察を描いた作品にはよく出てきますが(おそらく現実にもいるのでしょう),もうすこしうまい具合に扱えなかったのでしょうか。

97/08/13読了

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