井上雅彦監修『世紀末サーカス 異形コレクションXIV』廣済堂文庫 1999年

 カヴァがリニューアルされた「異形コレクション」第14弾の御題は,「サーカス」あるいは「カーニヴァル」であります。前作『俳優』とともに,ホラー作品では定番中の定番ともいえる素材です。江戸川乱歩レイ・ブラッドベリなどなど,内外の多くの作家さんたちが,サーカス,カーニヴァルを舞台とした作品を書いています。編者自身にも『竹馬男の犯罪』『くらら 怪物船團』といったサーカス・ネタのミステリ,ホラー作品がありますように,編者にとってもお気に入りの世界なのでしょう。また乱歩のジュヴナイルでミステリに開眼(笑)したわたしとしては,このアンソロジィで描かれる風景には,奇妙な既視感,懐かしさを憶えます。
 それにしても,カヴァのフィギュアと「ギャラリィ」は,かなりエグイな・・・^^;;
 気に入った作品についてコメントします。

芦辺拓「天幕と銀幕の見える場所」
 一枚のチラシに導かれて,“私”と“あの人”のサーカスの冒険がはじまる…
 この作者の本アンソロジィへの寄稿作品は,現実と虚構とが互いに浸潤しあう世界を描くパターンが多いように思います。本作品も同じ手法を用いながら,“あの人”に対する,あるいは“あの人”が見た“夢”に対する熱い想いが語られています。
太田忠司「黒い天幕」
 “私”がサーカスの夢を見た夜,クラスの子どもたちの様子に異変が…
 オーソドックスな「サーカス怪談」ですが,じわりじわりと主人公が追いつめられていく描写は巧みです。子どもたちと“私”がシンクロするところも効果的ですね。
草上仁「頭ひとつ」
 脱出芸の達人が愛人とともに新しい芸を練習中,妻が現れ…
 全編,引き絞るような緊張感に満ちた作品です。サスペンス的展開の果てにホラーへと着地するところも,映像的なおぞましさと相まって,秀逸です。
奥田哲也「砂の獣」
 スランプに悩む新人作家の“わたし”は,サーカスでひとりの少女と出会い…
 「うわぁ,やめてくれぇ」というようなクライマックス・シーンから,一転,すがすがしいエンディングは気持ちいいですね。サーカスの少女の造形もさわやかです。
高野史緒「パリアッチョ」
 オペラの舞台でピエロの役を演じる“俺”は,しだいに現実との区別があやふやになり…
 翻訳物では,登場人物の名前を覚えにくい場合があります。本編は,もしかするとそういったことを意識的にもちいながら,読者を主人公が感じる混迷にひきずりこむ効果を狙っているのかもしれません。読後の酩酊感がたまりません。
田中啓文「にこやかな男」
 小国ゾエザル王国の外務大臣は,いかなる罵倒嘲笑の中でも笑みを絶やさず…
 この作者お得意のグロテスク・ホラー。もうこれでもかと言うほどのグログログチャグチャで横溢しています。でも,この外相の気持ち,わからんでもないなぁ…(こんなこと書くと石投げられるかな(笑))
我孫子武丸「理想的なペット」
 とあるペット・ショップでペットを買ったクラスメイトの様子がおかしくなり…
 ネタそのものは,古典的とも言えるオーソドックスなものを用いながらも,ミステリ的な展開と,「ぞくり」とするツイストの効いたエンディングはさすがです。やっぱり「怪談」は語り口ですね。オーソドックスながら,本集中一番のお気に入りです。
安土萌「炎のジャグラー」
 “お手玉”の芸を繰り返すジャグラー。ところがそのひとつの“玉”が…
 この作家さんの発想の切れ味の良さには,いつも唸ってしまいます。
菊地秀行「オータム・ラン」
 “僕”の学校に転校してきた彼は,サーカスのオートバイ乗りだった…
 サーカスの「異人性」を強調した作品の多い本アンソロジィには,サーカス人の「超人性」を描いた作品もいくつか含まれています。本編もそのひとつ。異界の物の怪に負けない力こそ彼らの超人的な「技」を支えるものなのかもしれません。主人公の恋心を巧みに交えた叙情的なテイストも兼ね備えた作品です。

00/01/12読了

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