井上雅彦『くらら 怪物船團』角川ホラー文庫 1998年

「そうです。あの眩人たち。天幕のあおり幕の中から,僕らを招く眩人たち。めくるめくような異世界へ僕らを誘う眩人たち」(本書より)

 南房総でクルーザが謎の事故を起こした。遭難者の中に恋人・那美の名前を見つけた結城は,海浜の村へと急ぐ。が,村は不可解な靄に覆われ,奇怪な事件が続発していた。海底より浮上する異形のものたち,開発をめぐって対立する村人たち,巷間で囁かれる不気味な都市伝説・・・。靄の向こうに潜むものの正体はいったい・・・

 『竹馬男の犯罪』で,「ミステリ」という枠組みに拠りつつも,「サーカス的悪夢」を現出させた作者が,今度は「ホラー」という衣を纏わせて,ふたたび同じ「悪夢」を描き出しています。
 火吹き男や道化師,竹馬男などなど,もともとサーカスに関わる人々というのは,異形であり,フリークスなわけですが,「ミステリ」という制約がない分だけ,その核となる形象をさらに「突き抜け」,より一層グロテスクなイメージを創り上げています。そしてサーカスにつきものの動物たち。象やライオン,豹など,日本においてけっして日常見ることのない,これらの動物たちもやはり,単なる動物であることを超えた「異形」であり,「怪獣」なのでしょう。靄けぶる街中に徘徊するそれらの「怪獣」たちもまた,本書では重要なキャラクタとなっています。
 そういった「サーカス的悪夢」をメインとしつつ,本作品ではさらに,「海から来る寄りもの」や「マレビト」といった民俗的な怪異や,「こっくりさん」「学校の七不思議」などの都市伝説,そしてサイコ・キラーと,ホラー的なアイテムを物語の中に投げ込み,毒々しく禍々しいイメージを「これでもか」というくらいに氾濫させています。

 そしてメイン・モチーフとなる「サーカス」が「見せ物」である以上,そこで描き出される「悪夢」は,すぐれて視覚的,映像的なものと言えます。作者はおそらくそういった「映像としての恐怖」を描くことに重点を置いているように思います。ストーリィは,各シーンを羅列することで進行し,各シーンにはさまざまな異形や怪異が散りばめられます。各シーン,各イメージが幾重にも折り重なり,混じり合いながら,めくるめくような「悪夢絵巻」を,小さな海浜の村を舞台に構築しているのだと思います。

 そんなイメージや映像を先行させているせいでしょうか,ストーリィの展開が多少強引なところもないわけではありませんし,また伏線もなく「真相」が明らかにされるといったところもありますが,まぁ,そこらへんは,あまり気にしないようにしましょう・・・(^^ゞ

98/12/28読了

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