井上雅彦『竹馬男の犯罪』講談社文庫 1997年

 台風のため,美晴沢高原の“盆の森”と呼ばれる島に不時着した真野博史。その島は,引退したサーカス団員のためにつくられた養老院“天幕荘”だった。そこで彼を待っていたのは,かつての恋人と,不可解な状況下での“事故死”だった。そして周囲との連絡を寸断された孤島で繰り広げられる連続殺人! 犯罪の影に跳梁する“刺青男”とはいったい何者なのか?

 やはりサーカスというのは,ミステリやホラー作品に似合う,一種独特の世界ですね。ある日,街にどこからともなくピエロたちが現れ,不思議で,それでいて心そそられるメロディとともに撒かれていくビラ。ふだんは三角ベースの野球場だった空き地に,奇妙な極彩色のテントがたち・・・。綱渡り,空中ブランコ,猛獣使い・・・,ほんの短い期間,子どもたちを夢幻の世界へと誘い・・・・,そして,小学校の帰り道,いつもの空き地の脇を通ると,そこにはもうなにもない。サーカスはいつも去って行くばかり。「悪い子だと,サーカスに連れて行かれちゃうよ」という噂だけを残して・・・。

 読んでいて頭がくらくらするような作品です。異形の世界の異形の人々,そして異形の事件・・・・。かつては名声を博し,年老いてなおサーカス人としてのプライドと衣装を脱ぎ捨てない老人たち,天幕荘をめぐる怪異な噂(獣に咬まれた人間もまた獣に変身してしまう!),モンスタの仮面を付けた凶暴な暴走族“怪物団”,サーカスをめぐるペダントリックな会話,戦前の天才的サーカス人“凧博士”と天幕荘との因縁,そして泥棒にして名探偵という磨理邑雅人
 ともかく設定も登場人物も物語の展開も,ともかく異形づくめです。結末も「おいおい,そんなんあり?」と思わずツッコミを入れたくなるようなアクロバティックなものですが,これだけ異常な設定では,あまり不自然に思えないのが,なんとも不思議です(思えよ!)。なにやら戦前の「空想科学探偵小説」(たとえば海野十三小栗虫太郎の作品のような)といった雰囲気が楽しめる作品です。じつのところ,こういった雰囲気はけっこう好きだったりします。

97/08/14読了

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