瀬名秀明編『贈る物語 Wonder』光文社 2002年

 宮部みゆきによる“Terror”,綾辻行人による“Mystery”とともに「贈る物語」と題されたアンソロジィ・シリーズの1冊。テーマごとに5章構成になっています。

第1章 愛の驚き
山川方夫「夏の葬列」
 かつての疎開先を訪れた彼は,芋畑の向こうに葬列を見る。あのとき同じような葬列を…
 人の生が「偶然」の連続であるとしたら,問題は,その「偶然」をどのように引き受けるか,にあるのでしょう。みずからの「罪」を告発するかのような「偶然」に遭遇した主人公が,「もはや逃げ場所はないのだという意識が,彼の足どりをひどく確実なものにしていた」という「場所」に至れたことに,なぜかホッとします。
ジャック・フィニイ「愛の手紙」
 この作者の短編集『ゲイルズバーグの春を愛す』収録。感想文はそちらに。
式貴士「窓鴉」
 ある夜,“ぼく”の前に現れた鴉は,窓の中に入っていた…
 この作者(というか,このペンネームのときの作者)は,グロテスクな奇想に基づく悪趣味な作品が多いのですが,ときおり,そんな風に思っている読者の足下を掬うようなせつない作品を書いたりしますので,質が悪いです(笑) 本編の「核」もけっこうグロテスクなのですが,それでもどこかビルドゥング・ロマン的な味わいのある作品となっています。
川端康成「雨傘」
 別れの日,少年は少女とともに写真を撮った…
 ステップボード…次の「段階」に登るためのステップボードは,小さなこと,本人さえも気づかない,ほんのささいなことなのかもしれません。

第2章 みじかい驚き
井上雅彦「よけいなことが…」
 狐が人を騙すという場所を訪れた男女は…
 全編会話により構成され,その「会話」を巧みに用いたショートショートです。「あれ?」と思っているうちに「異界」へと導かれてしまう手腕が見事です。
北野勇作「蟻の行列」
 蟻の行列をたどっていくうちに“ぼく”は…
 よく目にする風景の中に,ふと紛れ込む「異界」というモチーフは,わたしの好きなタイプのひとつです。本編の「ミソ」は,蟻という身近でありながら,あまり注意を向けない微少な生物を素材にしている点にあるのでしょう。
「絵の贈り物」
 福田隆義という画家が描いた絵に,作家が掌編をつけるという体裁の作品のようです。カラー図版を用いたぜいたくな作りになっていますが,寄稿している作家の顔ぶれもぜいたくです−藤沢周平・皆川博子・眉村卓・佐藤愛子・河野典生・赤江瀑。これだけの作家さんたちだけあって,いずれもピリっとした掌編になっていますが,わたしとしては皆川博子「夜のリフレーン」の,じんわりとした狂気がお気に入りです。
岡崎二郎「雪に願いを」
 『アフター0 著者再編集版』第6巻所収。感想文はそちらに。

第3章 おかしな驚き
大場惑「ニュースおじさん」
 アンソロジィ『奇妙劇場 vol.1』収録。感想文はそちらに。
いとうせいこう「江戸宙灼熱繰言(えどのそらほのおのくりごと) 六代目冥王右団次」
 かつて,火星人にとって「襲来」こそが「本当の芸」であった…
 最初は「なにかね,これは?」という感じなのですが,「仕掛け」というか「趣向」がわかると,思わず苦笑。作者の「熱い思い」が伝わってきます。

第4章 こわい驚き
江戸川乱歩「鏡地獄」
 この作者の代表作のひとつでしょう。『江戸川乱歩全短編3 怪奇幻想』収録。感想文はそちらに。
平野夢明「托卵」
 見世物小屋で,108日間の「断食・不眠」を「芸」とする男は…
 男はみずからの「正気」を主張し,精神科医である主人公にその保証を求めます。しかし「正気」と「狂気」の境が,帰属する集団のルールとの「整合」か「不整合」かにかかり,そのルールが,座主の考えと行為によって示されているものだとしたら,それを「正気」と呼んでしまっていいのでしょうか。そしてまた,そのルールに無力な精神科医の「保証」は,どれだけの意味を持っているのでしょうか。

第5章 未来の驚き,「私」の驚き
光瀬龍「戦士たち」
 海底深くで繰り広げられる闘いの行く末は…
 戦闘シーンに限定した,緊張感あふれる作品です。そこにSFでは定番の「あるシチュエーション」を設定し,なおかつ,「人間」であることの哀しさ,弱さを織り込んでいるところは,この作者らしいです。ただ「なんでそうなるのか?」という説明がいまひとつの感があります。
星新一「ひとつの装置」
 人類滅亡後も,ただそびえ立つその装置の意味は…
 おそらく「死」を対象として自覚できるのは人間だけなのでしょう。それゆえに,人は「追悼するもの」を作り出すことで,その恐怖をまぎらわすのかもしれません。高橋葉介の初期の佳品「墓掘りサム」を思い出させる作品です。
アーサー・C・クラーク「太陽系最後の日」
 太陽のノヴァ化により滅亡に瀕した地球。異星の調査隊がそこで見たものは…
 現在想定されている「惑星としての地球」の最後は,本編で描かれているようなものだそうです。「異星の調査隊」という視点から,スリルを交えながらその様を描き出すストーリィ・テリングとともに,エピローグをプロローグへと転換させる発想は見事です。

05/07/04読了

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