ミシェル・スラング編『レディのたくらみ』ハヤカワ文庫 1982年

 「希望がなくては,人間は生きることができず,人間としてとどまることすらできないのだ」(本書「ゼム島の囚人」より)

 女性にまつわるミステリ,クライム・ノヴェル,ホラーなど,19編の短編を収録したアンソロジィです。原本が1979年刊行ということもあってか,『ウーマンズ・ケース』などのような「現代的な女性」を描いたものは,あまりありません。
 気に入った作品についてコメントします。

ジョイス・ハリントン「二人姉妹」
 結婚に対してプライド高く打算的な姉妹が,めぐりあった相手とは…
 あくまで印象なのですが,女性を扱ったミステリには,「日常生活の中に埋もれた犯罪」を描いたものが多いように思われます。かつて女性が社会生活に参加できなかった時代(あるいはそういう価値観)の反映でしょうか?
エドワード・D・ホック「二度目のチャンス」
 退屈な日常をもてあますキャロルは,泥棒の愛人になったことから…
 この作者らしい,テンポよく展開する作品です。そのテンポの良さに,つい笑みを誘われるラストではありますが,このタイトルは,けっこうアイロニカルなのではないかと思います。本当に「チャンス」なのでしょうかね?
ジェイムズ・ヤッフェ「ママは何でも知っている」
 ホテルで殺された女性…容疑者は3人に絞り込めたが…
 アームチェア・ディテクティヴの古典「ブロンクスのママ・シリーズ」の記念すべき第1作。主人公(息子)が語る言葉の端々を解体・再構成する手際,また一見まとはずれな質問が,思わぬ形で真相に繋がっていく意外さは,まさにこの手の作品の醍醐味と言えましょう。姑と嫁のつばぜり合いも,「薬味」となっています(笑)
ローレンス・トリート「ろうそくの炎」
 “私”たちの家に,お手伝いとして来た奇妙な娘は…
 「ヒッピー」とか「フラワー・チルドレン」といった時代の刻印が色濃く押された作品ではありますが,奇妙な娘アマンダの狂気−無邪気な,そして「善意」としての殺人−に肌寒さを感じるのは,それこそ現代日本の時代性なのでしょう。
ドロシィ・A・コリンズ「キッチン・フロア」
 夫の暴力に耐えながら,妻は,今日も律儀に日々の仕事をこなしていく…
 淡々としたストーリィの末に,ショッキングなラスト。しかし,そのラストへいたるために,淡々とした描写の中で,しっかりと「準備」がなされていることに気づき,怖さが倍加します。
モーリス・ハーシュマン「ガールフレンド」
 14歳の美少女は,なぜ?
 「正反対」だと思っていたふたつの「世界」が,じつは近しいものであったことを知ったときの少女の絶望を,巧みなプロットで鮮やかに切り取って見せた作品です。「ボーイフレンドはいない」と断言する少女の姿が,じつに痛々しいです。
スタンリイ・エリン「いつまでもあかんぼじゃいられない」
 この作者の短編集『九時から五時までの男』に,「いつまでもねんねえじゃいられない」という邦題で収録。感想文はそちらに。
ジョシュ・パークター「殺人への招待」
 ブラニアン警視の元に届いたのは,一通の殺人予告状だった…
 12人の監視者のもとで,殺人はいかに遂行されるか,というサスペンスが,ストーリィをぐいぐいと引っ張っていきます。また「策士,策に溺れる」というのとは,ちょっと違いますが,皮肉な結末を,“犯人”自身が導き出してしまったというところは,似たような手触りを感じます。タイトルがダブル・ミーニングになっているんですね。
スタンリイ・コーエン「レッタ・チーフマンの身代金」
 富豪の夫人を,営利目的で誘拐したまではよかったが…
 夫人のわがままに右往左往する誘拐犯,夫の思わぬ反応ににっちもさっちもいかなくなる身代金交渉…陰惨な結末に陥りそうなところを上手に回避しての,痛快なブレイクスルーが楽しめます。
リチャード・デミング「スパゲッティはいかが?」
 裁判の証言のため,人里離れた別荘に保護された夫婦は…
 けっして展開やオチにサプライズがあるわけではないものの,抑制のきいた文章と軽快なリズムで流れるストーリィが楽しめます。また殺し屋相手に渡り合う主人公の凛々しさがいいですね。
マーガレット・ミラー「谷の向こうの家」
 アンソロジィ『自由への一撃』収録作品。感想文はそちらに。
L・フレッド・エイヴァイジアン「話し上手」
 競売に付された本…その中に挟まった手紙には…
 ミステリ的な体裁をとっていますが,物語の主眼は,夫の上手な「話」の中に取り込まれ,しだいにアイデンティティに対する不安を深めていく妻という,他者からはうかがい知れない,夫婦の間の「心の溝」を描くことにあるのでしょう。
ジョーン・リッチャー「ゼム島の囚人」
 革命後のゼム島を訪れたアメリカ人科学者の真の目的は…
 もしかすると,作者も,冒頭に引用したように「希望」を描きたかったのかもしれません。しかし,センチメンタリズムに満ちた「希望」の持つ無力さもまた,作者にとって,まぎれもない現実だったのでしょう。
コーネル・ウールリッチ「悲鳴を上げる本」
 ページを破られて返却された図書館の本…そこに隠された秘密とは…
 巻末の「作家紹介」によれば,この作者がブレイクする前にパルプマガジンに掲載した作品とのこと。その「ノリ」が存分に楽しめる作品(野暮ったいメガネを取るとじつは美女,なんて設定は,まさに(笑))。しかし注目したいのは,イントロの巧みさ。ページの切り取られた本,残されたわずかな切り込み,そこから浮かび上がる事件…サスペンスの「つかみ」としては見事と言えます。

04/11/21読了

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