エド・ゴーマン編『自由への一撃』扶桑社ミステリー 1997年

 「現代ミステリーの至宝T」と名づけられた,13編よりなるアンソロジーです。「U」として『死の飛行』というのも同時に刊行されています。「至宝」と呼ぶかどうかは人それぞれでしょうが,1950年代から90年代にかけて発表された,「ミステリ」としてひとくくりにしていいのかどうかさえわからないほど,じつに多様な作風の作品が納められています。本格,ホラー,ハードボイルド,クライムノヴェル,警察小説・・・そんな,いろいろな小さなお菓子をたくさん味わえる点では,なかなかおもしろい作品集だと思います。ただやはり「ごった煮」という印象も,一方でしてしまうのは仕方ないでしょう。これも人それぞれかな?

マーガレット・ミラー「谷の向こうの家」
 谷の向こうに家に誰かが越してきた。それ以来,娘の様子がおかしくなり
 子どもの創り上げた妄想が,最後で一転ホラー的な結末を迎えます。一見平穏そうに見える家庭の奥に潜む「魔」のようなものを描いています。
ローレンス・D・エスルマン「ボディガードという仕事」
 歌手のボディガードをしていた私立探偵が殺され…
 真相はそれほど意外ではありませんが,主人公A・ウォーカーの姿は,古典的なハードボイルド探偵という感じです。
トニイ・ヒラーマン「チーの呪術師」
 ナヴァホ族の居留地にやってきた“都会育ちのナヴァホ”は呪術師だと疑われ…
 ううむ,よくわかりません。
ロバート・ブロック「湖畔」
 刑務所で知り合った男が隠した金を探すため,彼は男の元妻に近づく…
 欲望に突き動かされる男女を描いたクライムノヴェル。結末の救いの無さがなんともやりきれません。
シャーリン・マクラム「恐ろしい女」
 4人の子どもを殺した女が出所,彼女の居所をつきとめた記者は…
 最後まで読むと,アイロニカルなタイトルに「にやり」とします。ありそうな話だけに怖いです。
リンダ・バーンズ「ラッキー・ペニー」
 アルバイトでタクシーの運転手をする女性探偵“わたし”はタクシー強盗に襲われたが…
 「なぜ強盗は小銭しか盗まなかったのか?」という奇妙な謎を解く本格物です。主人公の軽快なフットワークが楽しいです。
エドワード・D・ホック「二度目のチャンス」
 病気で寝ているところに入ってきた空き巣。退屈な日々にうんざりしていたキャロルは…
 「逮捕されたことがないから,自分を犯罪者と思わない」という主人公は,ユーモラスでもあり,また少々不気味です。
リンダ・グラント「最後の儀式」
 老人ホームに住む伯母から,ホーム内で殺人事件があったといわれた“わたし”は…
 事件の真相そのものよりも,主人公がそこに至る過程で出会う人々の姿が,じつに味わい深いです。また暖かみのある最後の一文が好きです。
ローレンス・ブロック「自由への一撃」
 マイアミでピストルを購入したエリオットは,次第にピストルを手放せなくなり…
 ピストルというのは一種の麻薬なのかもしれません。最初は「持っているだけで」だったのに,だんだんそれを使いたくなっていく。少しずつエスカレートしていく主人公の心理は,淡々と描かれている分だけ,よけい怖いです。本作品集での一番のお気に入りです。
ウェンズデイ・ホーンズビー「少年」
 “わたし”が少年と出会ったのは,1934年だった…
 たしかに犯罪なのかもしれませんが,そう呼ぶにはあまりに哀れのような気がします。“犯人”と,彼女に同情するスノッブなマーサとの対照が鮮やかです。
ビル・プロンジーニ「近くの酒場での事件」
 連続する強盗事件の聞き込み中,酒場に強盗が入り…
 映画の一場面を描いたようなショートミステリという感じです。ただ翻訳するとおもしろみが減ってしまう類の作品であるのが,ちょっと寂しいです。それでも「名無しのオプ」が健在なのはうれしいですね(といっても発表は約10年前・・・)。
マーシャン・マラー「道化師のブルース」
 人気道化師コンビのガードを依頼された“わたし”。が,コンビの片方が失踪,さらに翌日,男の死体が発見された。死体は失踪した道化師の衣装を身につけていた…
 本作品中,一番長い作品です。ちょっと都合よすぎるかな,というところもありますが,冒頭に提示された奇妙な謎が,主人公が得る手がかりをもとに,徐々に解かれていくプロセスは,なかなか楽しめました。
キャロリン・ウィート「ゴースト・ステーション」
 アル中治療から復帰した最初の仕事は,地下鉄のパトロールだった…
 今のみずからが置かれている状況と,「大好きだったおじさん」へのアンビヴァレンツな想いを交錯させながら,主人公の苦悩を重苦しく描いていきます。最後の「ごめんなさい,ポールおじさん」が胸に迫ります。

97/07/07読了

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