サラ・パレッキー編『ウーマンズ・ケース[上]』ハヤカワ文庫 1998年

 女性ミステリ作家のアンソロジィ『ウーマンズ・アイ』の続編です。編者は同じく,“ウォーショースキー・シリーズ”のサラ・パレッキーです。今回は英語圏だけでなく,ロシア・アルジェリア・アルゼンチンなどの作家さんも寄稿しているようです。
 上巻・下巻あわせて26編をおさめていますが,まずは上巻13編から,気に入った作品についてコメントします。

ナンシー・ピカード「先制攻撃」
 私立探偵の“わたし”を訪れた女は「自分は殺された」と言い…
 ストーリィの進展にともない,“わたし”の正体が徐々に明かされていくところがサスペンスフルです。またギリシャ神話の,アポロンに追われ樹に変えられたダフネの話で,樹に変えられるべきなのはアポロンだったという話は,非常に新鮮でした。たしかにね。
リザ・コディ「太陽のにきび」
 けさ目が覚めたとき,あたしは整形手術を受けようと決心した…
 不思議な感触を持った作品です。主人公はいったいなにから逃れようとしているのでしょうか? 子どもがなにかとんでもない犯罪を犯したようですが,いまひとつはっきりしません。しかし彼女の焦りとあきらめ,投げやりな気持ちがひしひしと伝わってきます。
ルース・レンデル「星座スカーフ」
 クレシダ・チルトンがボスの妻のために買ったスカーフは,その後,数奇な運命をたどり…
 それほどずば抜けておもしろい話ではありませんが,さすが大御所レンデルですね,するすると読ませてしまいます。
エレナー・テイラー・ブランド「鬼火」
 トーリは,殺人を犯したラットおばあちゃんから,事件の真相を聞き出そうとするが…
 主人公はヴェトナム人ですが,本作品集におさめられた作品の主人公は,女性であるとともに,人種的なマイノリティの場合が多いように思います。ともにアメリカ社会で差別を被っているという点で共通するものがあるからかもしれません。それは日本においても同様ですが,アイヌ民族や在日韓国人・朝鮮人を主人公にしたミステリは,あまり見かけませんね(たんにわたしが知らないだけかもしれませんが)。ラットおばあちゃんの殺人は,そんな二重三重の差別の哀しい結末なのでしょう。
ネヴァダ・バー「ライラックの木の下で」
 グウェンはライラックの木の下から人骨を掘り出した。それは死んだと言われていた父親のものなのか…
 人骨をめぐって,母親は父親を殺したのか,という疑問に苦しみ,それを明らかにしようと立ち向かう主人公の姿が秀逸です。またラストも後味がよく,本作品集では一番楽しめました。
フランセス・ファイフィールド「失うものはない」
 オードリーは,西アフリカで知り合った男と結婚するが,彼に殺意をおぼえ…
 こんな風に,何者かの死(それは自分の死の場合もあります)をもって“こと”を終わらせてしまいたい,という欲求は,ときとして人の心にするりと忍び込むのかもしれません。しかし,自分がそう思っているとき,もしかすると相手も同じことを考えている,というようなことには思い及ばないのでしょう。ラストに「ぞくり」とする恐怖をおぼえました。
エリザベス・ジョージ「生涯最大の驚き」
 ダグラスは,妻の浮気を疑い,彼女を殺そうとするが…
 疑心暗鬼に囚われた男の皮肉な結末。しかし一番皮肉られているのは,「性的に妻を満足させられない情けない夫は,妻に浮気されても仕方がない」という男の勝手な固定観念なのかもしれません。
アメル・ベナボウラ「ただの女に」
 自立しようとするヤミナには狂信的な兄がいて…
 ミステリとはいえませんが,狂信的な性差別主義者によって殺されてしまう主人公の姿が,あまりに悲しく,やりきれません。むかし読んだ『イヴのふたつの顔』という,イスラム社会における性差別を告発したノンフィクションを思い出しました。
アンドレア・スミス「殺人の教え」
 まじめで前途有望な黒人女大学生は,なぜ殺されたのか…
 情熱的でタフで,正義感に満ちた,主人公の黒人女性刑事エイリアル・ロレンスが魅力的です。

98/03/06読了

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