鮎川哲也編『恐怖推理小説集』双葉文庫 1985年

 先般ハルキ文庫から復刊された,この編者による『怪奇探偵小説集』巻と同様,今風にいえば,ホラーやサイコ・サスペンス,ブラック・ファンタジィとでも名づけられそうな,さまざまなテイストの短編13編を収録しています。いろいろ作風が楽しめる反面(そこらへんが編者の狙いでもあるようですが),1冊のアンソロジィとしては,あまりにカヴァする範囲が広すぎて,散漫な印象を与えてしまっているように思います。
 気に入った作品についてコメントします。

日影丈吉「東天紅」
 降り立った田舎の駅で,陰惨な殺人事件のことを耳にした“私”は,道連れとなった筵売りの女の奇妙な行動に疑念を抱き…
 田舎特有の,どこか肌にまとわりつくような「闇」が,粘液質な文体で,じわりじわりと描き出されています。主人公のじりじりとする疑念,不安と,それを覆すラストでの,もうひとつの「事件」のグロテスクさが,背筋に冷たいものを走らせます。
山田風太郎「不死鳥」
 「信じてください,僕が殺したんじゃありません」少年が想いを寄せた女性にまつわる秘密とは…
 ひとつの事件に対して,複数の異なる視点からそれぞれ描き出され,その融合の果てに,あるいはその視点と視点の見えない狭間から,「真相」が浮かび上がる,といった体裁の作品は,けっこう好きです。この作者には,「マインド・コントロール」的な設定の作品がしばしば見られますが,この作品もそんな1編。女性キャラクタがちょっと「古すぎる」といった感じで,いまひとつピンと来ませんでしたが・・・
森村誠一「禁じられた墓標」
 高利貸しの「猫婆」を殺したのち,順風満帆の人生を送っていた男を待ち受けていたものは…
 この作者の作品を読むのは,じつに久しぶりのように思います。「鍋島の化け猫騒動」やら,E・A・ポー「黒猫」やら,怪談に猫はよく馴染みますが,そんな怪談風のオーソドックスな展開をラストで巧みに「理」に落としています。ただもう少しコンパクトにまとめてもよかったのでは?
阿刀田高「わたし食べる人」
 食道楽のタナカ氏は太り気味。そんな彼の元に,腹一杯食べて痩せられる薬を紹介する医師が現れ…
 若い人はご存じないかもしれませんが,むかし,タイトルのようなセリフが出てくるCMがありました。ま,それはともかく,カニバリズムネタの作品です。夢の中とはいえ,微に入り細に入った「食事シーン」が,なんとも不気味です。ラストはちょっと陳腐で残念。でも,こんな薬があったら,わたしも飲んでみたいですね(^^ゞ(<最近,ベルトの穴が気になってる(笑))。

98/06/11読了

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