鮎川哲也編『怪奇探偵小説集1』ハルキ文庫 1998年

 先日読んだ,双葉社版『怪奇探偵小説集[続]』の「正編」を,このたびハルキ文庫が復刊しました。「1」とあるからには,「2」「3」と続くようで,双葉社版の「続編」「続々編」にあたるとのではないかと思います。
 戦前の雑誌『新青年』を中心に発表された「怪奇探偵小説」のアンソロジィで,メジャアな作家からマイナァな作家まで,計18編が収録されています。ネーム・ヴァリュウと作品の質とが,ストレートに結びつくとは考えてはいませんが,それでもやはりメジャア作家の作品の方がおもしろく読めました(もちろん全部というわけではありませんが)。マイナァな作家さんの文章は,どこか生硬で,いまひとつ作品に入り込めない印象があります。メジャアの作家さんの方が,執筆する機会も多く,それだけ文章や話作りがこなれているせいもあるのかもしれません。ですから,めったに目にする機会のない戦前の作家さんの作品を読めるという点では楽しめたのですが,作品としては,全体的に少々もの足りない感が強いです。
 気に入った作品についてコメントします。

城昌幸「怪奇製造人」
 古本屋で手にした1冊の日記。そこには夢とも現ともつかぬ殺人の記録が…
 幻想的で不気味な雰囲気から,ラスト直前でツイスト,さらにラストでもうひとひねり,思わず笑ってしまいました。「古本屋で手に入れた奇妙な本」というネタは,怪奇ものでは定番のひとつですね。
小酒井不木「死体蝋燭」
 嵐の夜,和尚は,みずからの恐るべき秘密を語り始めた…
 作中でも触れられていますように,『雨月物語』「青頭巾」を思わせる“カニバリズム”風のお話です(正確には違うんですが)。僧侶というのも,一般人よりもはるかに死体に接する機会が多い職業ですので,ホラーではしばしば取り上げられますね。これもラストで苦笑させられます。
妹尾アキ夫「恋人を食う」
 上海へ向かう船中,暇を持て余した白井に,ある男が話しかけた「わたしは恋人の肉を食べたんです」と…
 これまたカニバリズム・ネタです。前作や,感想文を書かなかった村山槐多「悪魔の舌」など,本作品集には,カニバリズムの話がけっこう多いように思います。この作品もラストで一転します。どうもわたしはこういったラストでひねりのある作品が好きなようです。
平林初之輔「謎の女」
冬木荒之介「謎の女(続編)」
 旅先で,謎の女から「夫婦を装ってほしい」と頼まれた龍之介。女の意図はいったい…
 作者が亡くなった後に発見された未完の作品に,『新青年』編集部が読者に続編を募集,完結させたという異色の作品です。でもって,選ばれた作品の作者が,なんと若き日の井上靖だったといういわくつき。内容はまぁそれなりに,というところですが,「事実は小説より奇なり」ということで・・・。
大下宇陀児「恐ろしき臨終」
 弁護士界の重鎮・難波大三郎の死をめぐっては毒殺説が囁かれていた。いわれなき非難を受ける妻子を救うため,“私”は彼の死の真相を暴露する・…
 事件そのものは,もうひとひねりほしいところではありますが,最後に明かされる老弁護士の死の真相は,なんとも不気味です。怪奇ものによく見られるテーマを巧く応用していますね。
氷川瓏「乳母車」
 ある夜,静まり返った屋敷町で,“私”は乳母車を押す女に出会った…
 『探偵倶楽部(下)浪漫編』に収録された「白い外套の女」もそうでしたが,この作者の描く幻想的なイメージは鮮烈です。この作品でも,月光の中に浮かび上がる乳母車の中の×××のイメージがじつに妖しく美しいです。しかし,もしそのシーンに立ち会ったとしたら,思わず胴震いのするほどのシンとした恐怖を感じると思います。理由がはっきりしないがゆえに,より一層・・・。

98/05/22読了

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