矢野浩三郎監修『恐怖と幻想 第3巻』月刊ペン社 1971年

 「怪物の時代」と名付けられたシリーズ最終巻には,計12編が収録されています。

H・G・ウェルズ「コーン」
 夫は,妻の愛人を巨大工場に連れだし…
 「怪物もの」のアンソロジィの冒頭に,「巨大工場」という「近代の怪物」を舞台とした本編を置くところに,監修者の見識が現れていますね。夫の真意がなかなか明らかにされないサスペンスが,ストーリィをぐいぐいと引っ張っています。
ブラム・ストーカー「牝猫」
 遊び心で子猫を殺してしまった男。彼を待ち受けていた運命は…
 「猫の復讐」というタイトルでも,アンソロジィにしばしば収録される古典的な一作。猫の怨みに,ある「品物」,おぞましく陰惨な歴史を背負った「品物」を結びつけたところが,本編のミソなのでしょう。それにしてもヨーロッパ人のアメリカ人に対するイメージって,こんなものなのでしょうかね(笑)
ラドヤード・キップリング「獣の痕跡」
 猿神ハヌマンの像を汚したイギリス人は,しだいにおかしくなり…
 インド人による奇怪な呪いをメインにすえた作品のようなのですが,わたしには,在地の神様を平気で冒涜する傲慢さ,友人を救うためとはいえ,呪者に対する拷問まがい(そのもの?)の行為など,イギリスによるインド支配のカリカチュアのように思えました。
ジョン・スタインベック「蛇」
 生物学者の彼の元に,ひとりの女が訪ねてきた…
 明示的な形で“怪物”は登場しませんが,主人公の心の裡で増幅される“女”の怪物性の描き方が,じつに巧いですね。それとともに,「知識のためなら千匹の動物を殺すこともできた」という主人公の設定が,「科学という怪物」を象徴していると思うのは,うがちすぎでしょうか?
スティーブン・ヴィンセント・ベネット「猫の王様」
 アンソロジィ『恐怖通信II』に収録。感想文はそちらに。ただしこちらの翻訳では「ですます調」は使っていません。
アルジャーノン・ブラックウッド「ランニングウルフ」
 アンソロジィ『イギリス怪奇幻想集』「メディシン湖の狼」と題して収録。感想文はそちらに。
W・F・ハーヴェイ「五本指のけだもの」
 死んだ叔父が,貴重な蔵書とともに,彼に遺したものとは…
 直立歩行によって,人類は「自由な手」を獲得し,それがさまざまな道具の制作を可能にしました。人類の進化と進歩は,いわば「手」によって成り立っていると言えるかもしれません。それとともに,人を傷つけ,破滅させるものを作り出したのも「手」なのかもしれません。
ロバート・ブロック「猫の影」
 ミングル婆さんの飼い猫をいじめたことから,ロニーは…
 この作家さんのホラー作品は,素材そのものはクラシカルなものが多いのですが,それを巧みなストーリィ・テリングで,スリルたっぷりに描くところが魅力となっています。本編では,主人公の性格を,憎々しげに設定することで,「因果応報」的なカタルシスを醸し出しています。
レイ・ブラッドベリ「監視者」
 殺虫剤メーカーの社長の言動が,しだいに奇矯なものになり…
 短編集『黒いカーニバル』所収作品ですが,そのときにはコメントしてません。それもそのはず,わたし,こういった虫虫虫虫虫…といった作品は,生理的にダメなんです^^;; でも「妄想」が現実化する,というホラーのフォーマットに,もう一工夫ほどこしているところが,この作者のお話作りの上手さでしょう。
バイロン・リゲット「ネコ男」
 南洋の孤島に猫とともに移り住んだ作家は…
 この作品もホラー・アンソロジィでは,ときおり見かけますね。「猫」というと,洋の東西を問わず,スーパー・ナチュラルなものと結びつけるパターンが多いですが,こちらはむしろ即物的な異常・恐怖を描き出すことに成功しています。
ジェラール・クラン「怪物」
 異星人が地球上に降り立った夜,彼女は夫の帰りを待っていた…
 「怪物」とは,いったい何だったのでしょうか? 勝手に「レッテル」を貼り付け,それと違う行動を取ったとき,「怪物」という別のレッテルを貼り付ける…ラスト,「怪物」に対峙する人間たちの方が,より「怪物」めいて描かれているように思えます。
H・P・ラヴクラフト「魔女の家の怪」
 “魔女の家”に住むジルマンは,熱病の最中に奇怪な夢を見るようになる…
 改めて読み返してみると,この作者は,伝統的な「黒魔術ホラー」を換骨奪胎し,みずからの「視線」による独自の世界として再構築していることがわかります。つまり「空を飛ぶ魔女」「バルプルギスの夜」「人身供儀」といったオーソドクスなアイテムを,「異次元からの侵入」という別の「光」を投げかけることで,異なる意味合いを与えているわけです。言い換えれば,オカルトとSFとの融合という,時代を先取りしていることなのかもしれません。

04/03/07読了

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