岡達子訳編『イギリス怪奇幻想集』現代教養文庫 1998年

 1937年編集の“Ghost Stories”というアンソロジィから,イギリス作家の作品7編を訳出した作品集です。いずれも半世紀以上も前の作品(なかには100年近く前のものもあります)だけに,古くささ,もの足りなさを感じてしまうのは仕方がないでしょうが,現在,きわめて多様化している“ホラー”というジャンルの“コア”になっているようなモチーフが,多々見られます。

マーガレット・アーウィン「早朝の礼拝」
 牧師の娘ジェーンは,教会での礼拝中,言い知れぬ恐怖を感じ…
 牧師である父親の背中に,見知らぬ別人を幻視してしまうシーンは,ぞくりとさせます。またジェーンの最後のセリフも不気味です。ジェーンと400年前に殺されそうになった少女とはどういう関係なのでしょうか? ジェーンは彼女の生まれ変わりなのでしょうか? それともふたりは時空を超えて入れ替わってしまったのでしょうか?
F・G・ローリング「セアラの墓」
 教会の修復工事のさい,封印されていた墓が300年ぶりに開けられ…
 60年前に父親によって書かれた日記という体裁の作品です。現在のもっともポピュラーな吸血鬼のイメージがすでに完成されているようで,こう言っては失礼でしょうが,B級ホラー映画に出てきそうな妖艶な女吸血鬼です。
アルジャノン・ブラックウッド「メディシン湖の狼」
 休暇で釣りに来たハイドは,皆から行かないように忠告された湖の東岸にキャンプをはる…
 怪奇譚,恐怖譚というよりも,幻想譚,綺譚といった感じの,もの悲しい叙情的な作品です。主人公と狼との一種の心の交流がさわやかな印象を与えます。本作品集で一番のお気に入りです。さすが大家ブラックウッドといったところでしょう。大家にも関わらず,本作品は初訳だそうです。
 2004年3月7日追記。本編は,「ランニングウルフ」というタイトルで,『恐怖と幻想 第3巻』(1971年)に訳出されています。
サー・ヒュー・ウォルポール「ラント夫人の亡霊」
 「あなたは幽霊を信じますか」という“わたし”の問いに,ランシマンは不思議な体験を語り始める…
 まさに典型的なゴースト・ストーリィといった作品です。あまりの古典さに,さすがにちょっともの足りませんでした。
アン・ブリッジ「ビュイックにつきまとう声」
 北京で買った車ビュイック。ボールビー夫人はその中で姿の見えない女の声を聞き…
 主人公が“声”の内容を手がかりに,“声の主”を探す,というミステリアスな展開の作品です。アイロニカルなラストがいいです。さりげなく伏線も引かれていますしね。
E・F・ボズマン「白い道」
 居酒屋から家に帰る途中,“わたし”は奇妙な男と道連れになり…
 この作品もオーソドックスな幽霊譚といったところでしょうか。主人公の現在と,少年時代の記憶が微妙に交錯する描写が幻想的で味わいがあります。この作品も本邦初訳だそうです。
 2004年5月2日追記 本編は『恐怖の1ダース』(1980年)に訳出されています。本編者による「本邦初訳」という解説は,いまひとつ信が置けません。それとも本文庫に先行した単行本でもあるのかな?
J・シェリダン・レ・ファニュ「ウォッチャー」
 バートン大佐は,ある夜,何者かに尾行される。そして“ウォッチャー”と署名された謎の手紙が届き…
 オチそのものは,ありがちな感じですが,謎の男の影に怯え,狂気と正気の狭間を行き来する主人公の姿が鬼気迫ります。この作品のように,みずからの罪や恥を明確に語ることなく恐怖に怯える人物,という描き方は,この頃の怪奇小説では,しばしば見かけますね。ちょっと回りくどくて,いらいらさせられるところもありますが(笑)。

98/03/20読了

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