西澤保彦『完全無欠の名探偵』講談社文庫 1998年

 一緒にいる相手が,潜在意識下の記憶を知らず知らずのうちに言語化してしまうという,不思議な能力を持った山吹みはる。ところが彼自身,そんな“力”をまったく自覚していない。親元を離れ,高知で就職した孫娘・白鹿毛りんの,監視役(?)として送り込まれた彼は,そこで殺人事件へと巻き込まれていく・・・。

 一読,「ぜいたくな作品だなぁ」というのが第一印象です。山吹みはるに接した人間が,潜在意識を刺激され,忘れていた記憶をよみがえらせ,その記憶に含まれている齟齬や矛盾から,かつて経験した「たわいもないこと」の背後に潜む「ことの真相」に気づいていく過程が,いくつも描写されていきます。それは,たとえば北村薫が描きそうな「日常生活の謎」であったり,小池真理子が好んで取り上げそうな「秘められた恐ろしい記憶」であったりします。それらが,冒頭から「惜しげもなく散りばめられている」という感じで,作家でもないくせに「これだけのネタでどれだけ短編が書けるだろうか?」なぞと思ってしまいました(笑)。

 さて,本作品では,ふたつのSF的な設定がほどこされます。ひとつは山吹みはるの「潜在意識を言語化させる超能力」という設定であり,もうひとつは,ネタばれになるので詳しくは書けませんが,「なぜ多様な謎がひとつに結びつくのか?」ということを正当化させるためのSF的設定です。
 この作者は,そのぶっとんだSF的設定で独特のミステリ世界を作り上げていくことで有名ですが,本作品で用いられている「SF的設定」は,のちの作品のそれと微妙にニュアンスが異なるように思えます。
 それがどういうことかというと,のちの作品,たとえば「人格転移装置」にしろ(『人格転移の殺人』),「コピー人間を作り出す“ストロー”」にしろ(『複製症候群』),「閉鎖された時空間を作り出す超能力」にしろ(『幻惑密室』),いすれも「SF的設定」が物語世界の「起点」となっています。「起点」としての「SF的設定」は,ルールとして明示され,そのルールにそって本格ミステリ的に展開していきます。
 一方,この作品での「SF的設定」は,逆に,「ミステリでは見慣れた世界」を保証する,根拠づけるための設定となっています。たとえば「ことの真相」に気づく推理は,はっきりいって「妄想推理」の類です。しかしそれは,山吹みはるの超能力によって,そういった妄想推理が可能であることが保証されています。また,それら「妄想推理」が最終的に結びつくラストは,通常のミステリであれば「ご都合主義」「強引」のそしりは免れません。それを,(ネタばれになるので書けない)もうひとつのSF的設定によって,理由づけ,正当化しています。
 ですが,「妄想推理」にしろ,そのアクロバティックな結びつき方にしろ,ミステリの世界ではしばしば見られるものです。ある意味では「フィクションとしてのミステリ」としては,当たり前のものです。この作品では,そのフィクションとしてのミステリ世界をSF的に根拠づけているわけです。
 想像をたくましくすれば,本作品で「ミステリ世界における当たり前のフィクション性」をSF的設定で根拠づけてみせた作者は,さらにそれを拡張させ,「SF的設定」を起点とした「まったくフィクションとしてのミステリ世界」へと,みずからのSFミステリを発展させていったのではないでしょうか? そういった意味で,この作品は,のちの「西澤ブランド」を確立させるための,ステップ・ボード的な作品なのかもしれません。

 ところで,この,高知県を舞台にした作品では,土佐弁が多用されていますが,高知ご出身と聞く松坂さん@Mystery Planetも,実家に帰ると,こういうしゃべり方をしているのでしょうか?(笑)

98/05/18読了

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