西澤保彦『人格転移の殺人』講談社ノベルズ 1996年

 カリフォルニアを襲った大地震。偶然,小さなハンバーガーショップにいた7人の男女は,店の奥にあった“シェルター”に逃げ込む。ところがそこは,何者が創ったとも知れぬ“人格転移装置”だった。おまけにパニック状態のなかで殺人が起きていた。そしてCIAの監視下,孤絶した場所に収容された彼らを襲うさらなる連続殺人。一体は殺人者は“誰”なのか,いやどの“人格”なのか?

 ミステリ,とくに本格ミステリというのは,ゲーム性の強い世界ですから,たとえ設定がどんなに奇想天外であっても,そこにきちんとしたルールが明示され,そのルールに従って物語が進行していれば,それはそれで本格ミステリとして成り立ちうるものなのでしょう。
 先日読んだ『死者は黄泉が得る』も,「死者が甦る」というぶっ飛んだ設定で,それなりにルールが示されていましたが,そのルールが十分活用されていなかったきらいがなきにしもあらず,という感じで,今一歩楽しめませんでした。しかしこの作品は,「人格転移」に関するルールを生かした形で事件が起こり,またそれにそって謎解きが行われている点,『死者』よりもきっちりまとまっていて,好感が持てました。
 とくに謎解きのところは,伏線に乗っ取った明快なもので,読んでいて納得のいくものでした。ある前提をひっくり返すことで,最後のどんでん返しにつなげるところも,「やられた」という気がしましたし,それが物語全体の大きなミスリーディングとしても十分に効いていると思いました。また途中にはさまる,“人格転移”が繰り返される最中でのアクション・シーンも,スラップスティック風で小気味よく,物語にリズム感を与えていたように思えます。動機については,ちょっと具体的にはイメージしにくいものですが,やはり“人格転移”のルールに従ったものです。また前半部でしっかり伏線も引かれていて,「なるほど」と思いました。

 西澤作品を読むのは,『解体諸因』『麦酒の家の冒険』『死者は黄泉が得る』に続いて4作目ですが,これら3作品の探偵役による「限りなく妄想に近い推理」に,どうもなじめなかったのですが,この作品は楽しめました。もしかすると出会い方が悪かったのかも知れません。

 しかしそれにしても大森望の解説は長いですねえ(笑)。

97/05/11読了

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