西澤保彦『幻惑密室』講談社ノベルズ 1998年

 <ゲンキ・クリエイト>のウルトラ・ワンマン社長,稲毛孝の自宅に,新年会で招かれた男女2人ずつ,4人の社員。ところが,家から出ようとしても出られず,電話も外に通じない。また時間の流れまでが外界と異なっている。ただでさえ異常な状態の中,おまけに稲毛社長が殺された! 超能力が絡んだ事件として,<超能力者問題秘密対策委員会出張相談員・(見習)神麻嗣子>が事件解決(?)に乗り出すが・・・。

 さて,毎回奇妙奇天烈な設定のミステリで楽しませてくれる西澤保彦の新作のネタは,“ハイパーヒノプティズム”,通称“ハイヒップ”であります。まぁ,一種の強力な催眠術。人間の五感だけでなく,記憶やら時間感覚までコントロールしてしまう,という超能力です。
 そんな超能力によって出現した“異空間”で起きた殺人事件。超能力者(“ハイヒッパー”)は誰か? その目的は? そして殺人者は誰か? が物語のメインの謎になります。もちろんこの超能力,万能ではありません。というより,もう「これでもか!」というくらいルールに縛られてます。そのルールに沿って犯罪は行われ,探偵側もそのルールに沿って謎解きをするというパターンは,もうこの作者にとって自家薬籠中のものでしょう。

 しかし,いくら設定がぶっ飛んでいても,また展開がスラプスティック風であっても,この作者のこれまでの作品はけっこうシリアスで,陰惨でさえあります(そういう設定だからこそ,よけい,という場合もあります)。ところがこの作品には,全体的に明るい雰囲気が漂っています。それもひとえに主人公・神麻嗣子のキャラクタ設定によるものでしょう。
 もともとこの作者の描くキャラクタは,しばしば誇張が過ぎて,読んでいて鼻白んでしまうところがありました(少なくとも個人的には)。が,今回はもう開き直ったように(笑)デフォルメされています。ドジでのろまな亀のようだけど(ふ・・古い・・・!),一生懸命,汗水,涙まで流してがんばっている嗣子の姿は,ほとんどラヴコメ少女マンガに出てくる主人公のようです(なにもないところで転ぶ,なんて,お約束中のお約束ですね(笑))。ですから,そんな“突き抜けた”キャラクタ設定が,作品に明るく軽快な雰囲気を醸しだしているのでしょう。

 その一方で,この作品のメイン・モチーフは,かなりシビアなものだと思います。デフォルメされたキャラクタによって表現される“本音”や“弁解”は,読んでいて「ぎくり」とする部分が,けっこうありました。だからそういった点で,極端なデフォルメ手法も生きているんじゃないかと思います。
 また主人公“俺”の「自家中毒(本人談)」的な堂々めぐりの議論も,思い当たる節があったりします。ただ明るく軽快な作品全体の雰囲気の中にうまくはまらず,どこか浮いてしまっているところもあるように思います。まぁ,それを「落差」として楽しむか,「違和感」として感じるかは,人それぞれでしょうね(わたしの場合,どちらかというと後者に近かったのが残念ですが)。もう少しスムーズに描き出せないものかな,と感じられました(<読むだけ人間の無責任な発言?)

 ミステリとしては,もともと強引な設定ですから,それをどれだけ強引でないかのように描き出すかがポイントになるんでしょうが,今回は,“ルール説明”が,少々くどい感じがしますね。それを十分把握せず,すっ飛ばしてしまうと,後半の謎解きがいまいち楽しめませんし,きっちり理解しようとすると,どうしてもストーリィ展開が滞ってしまう。なかなか難しいところです。

98/01/25読了

go back to "Novel's Room"