中野善夫・吉村満美子編『怪奇礼賛』創元推理文庫 2004年

 19世紀末から20世紀前半にかけての怪奇幻想小説22編を収録したアンソロジィです。既訳があるものの入手しにくい作品の新訳や,大家ながら未訳の作品を集めた本編は,編訳者のアンソロジストとしての「意気込み」が感じられます。
 気に入った作品についてコメントします。

マーガニタ・ラスキ「塔」
 アンソロジィ『恐怖の1ダース』(講談社文庫)所収作品の新訳。感想文はそちらに。
ウィリアム・ホープ・ホジスン「失われた子供たちの谷」
 幼い息子を亡くした夫婦に,老爺が語ったことは…
 ややキリスト教的なところが鼻につくものの(笑),子どもを失った夫婦の哀しみと癒しを,幻想的に描いているところがいいですね。また,「子どもからの脱皮」を「ズボン」に象徴させ,ラストで,それを上手に使っているのもグッドです。
ヒュー・マクダーミッド「よそ者」
 「あいつは人間じゃない」…ベン爺は,よそ者をそう断じた…
 ストレンジ・ストーリィとしか呼びようのない作品です。ですが,イエス=キリストへの言及,彼が水をワインに変えたという伝承を連想するとき,噂の主フィリップがおごったビールとは?…なぞと,想像の翼が広がります。
E・F・ベンスン「跫音(あしおと)」
 夜ごと,男の背後で聞こえる足音の正体とは…
 一見,アコギな商人とその被害者による怪異的復讐,というオーソドクスな結構のように思わせながら,ある種の不条理ホラー的なテイストも持っています。いや,もしかすると「不条理」と感じるのは,有名な日本怪談の影響なのかもしれません。
H・R・ウェイクフィールド「ばあやの話」
 魔女に呪いのかけられた少年の運命は…
 翻訳の上手さもあるのでしょうが,いかにも子どもに話しかけている,という「語り口」が絶妙です。寒い冬,暖炉の前で楽しむという,ヨーロッパ・スタイルの怪談の風景が目に浮かぶようです。また主人公の少年を襲う怪異の鮮烈さがいいですね。
マーティン・アームストロング「メアリー・アンセル」
 陰気で平凡は主婦の奇妙な習慣の理由は…
 たしかに「哀しい女の哀しい物語」として読むことも可能でしょうし,ラストを,彼女への「救い」と読むことも…しかし,ラストに主人公の意志が働いているとしたら,それは「哀しい女」の心に潜む冷徹な計算があるのでは?と思ってしまいます。それはそれで,別種の哀しさがあるのですが…
ロード・ダンセイニ「谷間の幽霊」
 アンソロジィ『恐怖と幻想 第2巻』に収録。感想文はそちらに。
アルジャノン・ブラックウッド「囁く者」
 小説を書くために,田舎の屋根裏部屋を借りた作家は…
 怪異の正体が明かされるラスト,このサイトを訪れてくださる方々の多くは,思わず「納得」してしまうのではないかと思います(笑) この大家,こういったユーモア風味の作品も書いていたんですね。
ジェイムズ・ホッグ「地獄への旅」
 奇妙な親子連れを乗せた御者の運命は…
 タクシの乗客が消えてしまうという都市伝説,その原型である「消えるヒッチハイカー」というモチーフは,乗合馬車の時代までさかのぼるそうです。「見知らぬ人物を乗せる」ことは,つねに恐怖と隣り合わせなのかもしれません。
マージョリー・ボウエン「二時半ちょうどに」
 夜半,自室に戻ると,階上の男が忍び込んでいた…
 サスペンス風味あり,ホラー・テイストあり,そしてミステリ的ツイストあり,と,考えてみれば,けっこう欲張った作品です(笑)
A・M・バレイジ「今日と明日のはざまで」
 店に来た老婆を冷たくあしらったことから男は…
 編者も評しているように,古典的な「呪い」というモチーフに,SF的とも言える着想を加えた点が,本編のユニークさでしょうが,それとともに,主人公の体験を,「驚き」,「憧れ」そして「恐怖」へと転換させていく展開も巧いですね。。
A・J・アラン「髪」
 古道具屋で見つけた丸い缶の中に入っていた髪の毛には,不思議な“力”が…
 髪の毛に得体の知れないパワーが宿るという発想は,『旧約聖書』の怪力サムソンの話もあるように,古今東西,普遍的なものなのかもしれません。堅実というか,小市民的というか(笑),リアルな「髪」の使い方がグッドです。
エイドリアン・アリントン「溺れる婦人(ひと)」
 引っ越した家の裏庭にある井戸。そこにずぶ濡れの女の幽霊が…
 一読「へえ,こういった発想って,昔からあったんだ」と思いきや,初出は1954年。ふ〜む…ホラーにSFが「侵入」してきた頃なのでしょうか?
オリヴァー・オニオンズ「ジョン・グラドウィンが言うには」
 ジョンは,目前に迫った自動車を避けようとして…
 言ってしまえば,多少ひねりを加えた「パノラマ現象」(<ネタばれ反転)なのですが,主人公が見る情景の幻想性が良いですね。
S・ベアリング=グールド「死は素敵な別れ」
 妻の死から1年後,大の恐妻家だった男は再婚を決意するが…
 『うる星やつら』に似たようなエピソードがあったせいか,結末は読めてしまいます。むしろ新しい婚約者のキャラクタを考えると,主人公が同じ轍を踏んでしまいそうで,そちらの方が笑えます。
メアリ・コルモンダリー「死は共に在り」
 義兄が,常に幅広の襟をつけている理由は…
 コテコテにオーソドクスな怪談です。「わかっちゃいるけど,やめられない」という感じで,好きです(笑) とくに納骨堂のシーンがいいですね。
J・D・ベリスフォード「首斬り農場」
 アンソロジィ『恐怖の探究 怪奇幻想の文学IV』に所収。感想文はそちらに。こちらの新訳では,地元の言葉を九州系方言風に訳しているところがミソ?

04/10/17読了

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