平井呈一ほか編『恐怖の探究 怪奇幻想の文学IV』新人物往来社 1970年

 「ああ,陽光とガス燈の下に住む子供達よ,お前達は自分が住む世界について,なんとわずかな知識しか持ち合わせていないことだろう!」(本書「死闘」より)

 『暗黒の祭祀』とともに「怪奇幻想の文学」シリーズ中の1冊で,11編を収めています。また冒頭に種村季弘による解説論文「恐怖美考」,巻末に荒俣宏の解説と,「世界怪奇幻想文学関係年表」がそれぞれ収録されています。
 テーマは「恐怖」。ですから「Horror」だけでなく「Terror」も含まれています。

M・R・ジェイムズ「“若者よ,笛吹けばわれ行かん”」
 『M・R・ジェイムズ怪談全集1』「笛吹かば現れん」というタイトルで収録。感想文はそちらに。
J・D・ベリフォード「のど斬り農場」
 “わたし”が一夏を過ごすことになった農場は,“のど斬り農場”と呼ばれていた…
 不気味なのですが,思わず苦笑が漏れるような1編。つぎつぎと家畜が姿を消していく中で,「こんなこと」が起これば,逃げたくなる気持ちもわかります。
W・W・ジェイコブスズ「無言の裁き」
 友人を殺してしまった男は…
 心理サスペンスと呼べる作品です。動機・殺害方法についての描写をいっさいそぎ落とすことで,逆に,「殺人」という行為そのものに対する犯人の心理−焦燥・罪悪感・苦悩を,よりくっきりと浮かび上がらせることに成功しています。
A・E・コッパード「不幸な魂」
 精神病院にいる年老いた患者の“魂”は…
 はた目には「狂気」に見えるものの「正体」を,心霊主義的に描いたような作品ですが,ラストで見事な着地。おそらく,日本人のわたしよりもヨーロッパの人々は,より深い畏怖を感じ取るのではないでしょうか。
W・デ・ラ・メア「なぞ」
 お婆さんは孫たちに言いました「あの部屋には入っちゃいけないよ」と…
 民話めいたテイストを持ったリドゥル・ストーリィです。お婆さんの,どこか醒めた,もの悲しい「達観」が印象に残ります。乳幼児死亡率の高かった時代では,「子どもの死」とは,こんな風に思われていたのかもしれません。
アンブローズ・ビアス「死闘」
 戦場の前線で警戒にあたる将校は,死体を見つけ…
 「死」に対する恐怖の根幹には,「死体」に対する恐怖があるのかもしれません。戦場,夜,森の中,孤独といった状況の中で,死体に直面する恐怖をじっくりと描き出すとともに,『悪魔の辞典』の作者らしい,皮肉で奇怪なラストへと展開させています。
F・M・クロフォード「死骨の咲顔(えがお)」
 瀕死の父親は,最後まで息子と婚約者との結婚に反対していた…
 本編で描かれる恐怖とは,超自然的な道具立てではなく,人間の悪意−人を不幸に陥れることに快楽を覚える悪意そのものにあるのでしょう。その邪悪さを,死者の顔に浮かんだ「咲顔(えがお)」という形で,巧みに象徴しています。
H・S・ホワイトヘッド「わな」
 “わたし”が買った古い鏡には,奇怪な「運動」が見られ…
 深層心理による精神感応,異次元世界などといったSF的なアイテムと,その由来を200年前の黒魔術に求めるオカルト的テイスト…その両者の混交が,どこかホラーともSFともつかぬ奇妙な手触りを産み出しています(まぁ,今の目からすると,ということなのでしょうが)。
M・P・シール「音のする家」
 かつての学友の屋敷を訪れた“私”が見たものとは…
 この作者による「アッシャー家の崩壊」といったところでしょうか。周囲に立ちこめる水音といシチュエーションがユニークであるとともに,500年前に仕掛けられた機械装置が告げる不吉な運命という点も楽しめました。
シンシア・アスキス「鎮魂曲」
 若く孤独な女主人マーガレットに惹かれた“わたし”は…
 亡霊によって身体を乗っ取られる恐怖をモチーフにしたホラーですが,むしろ,主人公のマーガレットへの思慕を前面に出し,怪異に翻弄される悲恋を描いたロマンティックなテイストの作品です。乗っ取られるシーンを「鏡に映らない」という形で象徴しているところが,オーソドクスながら,女性の恐怖心を巧みに表していますね。
アルジャーノン・ブラックウッド「木に愛された男」
 「木はあなたを愛している」…画家は彼にそう言った…
 狼男の原型は,「村」を追われ「森」の中に住んだ人々だという話を聞いたことがあります。そんな「森」に対する考えをベースとしながら,ある種,主人公と妻,そして森との「三角関係」を,じっとりとした妻の心理描写を主軸としながら描き出しています。

04/02/11読了

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