小林泰三『家に棲むもの』角川ホラー文庫 2003年

 7編をおさめた短編集です。

「家に棲むもの」
 アンソロジィ『憑き者』所収作品。感想文はそちらに。
「食性」
 易子は,微笑みながら,拾ってきた子犬の頸を絞め…
 「肉食」「菜食」という問題に深入りすべきではないでしょう。あくまでネタですから。むしろ,ふたりの女の狂気にも似た「極端さ」の狭間で,心が壊れていく男の姿を描き出すことがメインなのでしょう。そのことは,クライマクスで,一見スーパーナチュラルに見えながらも,「リアル」の地平に留まり続けながらエンディングを迎えている点にも現れていると思います。
「五人目の告白」
 シャワーを浴びていた“わたし”に,訪ねてきた女は突然襲いかかり…
 「外側」を描いていると思わせておいて,本当はそれは「内側」で,その「内側」を見つめる視線も,じつは「外側」ではなく…そんな「メビウスの輪」もしくは「クラインの壺」といった趣の作品です。ですから,最後に示されたふたつの「推理」の妥当性をとやかく言及する必要はないのでしょう。
「肉」
 郁美が助手を勤める大学研究室の助教授は,ちょっと変わっていて…
 マッド・サイエンティストものの,スプラッタ・コメディとでも言いましょうか(笑) 丸鋸助教授もかなりの変わりもんのようですが(最後の一言が爆笑),主人公の郁美も,「あんなもの」を無造作に口にする神経は,なかなかのものです。もしかしてマッド・サイエンティスト予備軍?
「森の中の少女」
 その向こうには怪物が棲むという“村外れ”で,「少女」は不思議な声を聞き…
 タイトルは,なんかジョン・ソールしてます(笑) 童話的,あるいは神話的なオープニングから,少しずつ,不気味なシチュエーションへとシフトしていき,おぞましいクライマクス,そして鮮やかな反転。読み返してみると,作者は注意深く「あること」を隠しながら,巧みに作文していることがわかります。
「魔女の家」
 “魔女”に出逢ったという,子どもの頃の日記。しかしそんな記憶はいっさい無く…
 オーソドクスな「記憶ものホラー」かな? と思っていましたが(『奇憶』という作品もあることですし),しだいしだいに,その「記憶(の欠落)」が尋常でなくなっていくところは,雰囲気作りが巧く,先行きの不透明感を十二分に産み出しています。ラストの処理もすっきりしていて,いいですね。
「お祖父ちゃんの絵」
 この絵はね,お祖母ちゃんとお祖父ちゃんの幸せな結婚生活を描いているんだよ…
 祖母が孫に死んだ祖父の思い出を語る,という,ほのぼのとした始まりから,徐々に壊れていく様を,その独りよがりな「語り口」で見事に描き出しています。「巧いな」と思ったのは,その序盤に挿入される一言−「お祖母ちゃんの言うことに逆らっちゃいけないよ」によって,柔らかな語り口の中に秘められた「危険」を上手に表現し,それが,物語の行き先に対する「不安」を,さりげなく匂わせているところですね。本集中,一番楽しめました。

03/03/21読了

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