大多和伴彦編『憑き者』アスペクト・ノベルス 2000年

 なんだか最近やたらと多い「書き下ろしホラー・アンソロジィ」のひとつではありますが,なかなかヴァラエティに富んだ作家さん28人を集めています。またタイトルは「憑き者」ですが,「憑依」「寄生」から「執着」「妄執」そして「依存症」「中毒」まで,かなり幅広い内容になっています。で,例によって「ホラー」と銘打ってはありますが,「サイコ・サスペンス」「ミステリ」もかなり含まれています。
 それにしても,ノベルスにしては厚すぎますねぇ,読んでいて持つ手が憑かれます,じゃなくて,疲れます(お約束(^^ゞ)。わたしはお風呂の中で本を読むのですが,何度,湯船に落としそうになったことか・・・2冊にしてほしかったですねぇ。それと,「解題」やら「特別座談会」「ホラー歌仙」など,編者が顔を出しすぎているのではないでしょうか? 蘊蓄を傾けたり,思いを語るのもけっこうですが,アンソロジストは,自分のセンスで選んだ作品(作家)のライン・アップそのもので勝負してもらいたいものです。
 気に入った作品についてコメントします。

藤木稟「水晶の部屋にようこそ」
 美人だが暗く,高慢な留美子は,1年間,精神病院に入院していたという。その理由は…
 本編で描かれる「占い依存症」というのは,妙にリアリティがありますね。そして異様に的中率の高い「水晶の部屋」の占いが,主人公をしだいしだいにオカルティックな世界へと飲み込んでいくのですが,ラストで見事なツイストを見せてくれます。ただ,なんで「私」を設定したのか,ちと首を傾げます。
楠木誠一郎「理想の物件」
 ついに見つけた理想の物件・緑ヶ丘団地Bタイプ。しかし住人が突然売ることを撤回したことから…
 「理想の部屋」に取り憑かれ,徐々にストーキングに走っていく主人公の姿がいいですね。異常行動と日常行動が,日記の中で並列されて記述されているところが奇妙な味を醸し出してます。そして彼女を待ち受けていたアイロニカルな結末も巧いです。
牧村修&水玉蛍之丞「ハリガミ」
 ストーリィは要約できません。いわゆる「電波系」のお話。いかにもありそうな「ハリガミ」を創作し,視覚的なインパクトを狙った作品と言えましょう。そのハリガミと,水玉蛍之丞が描くかわいいタッチのカットとのギャップも効果的です。
犬丸りん「ゴージャス・ムッちゃん」
 ムッちゃんはとりつかれやすい性格です。いまはまっているのは神社へのお参りで…
 「ですます調」の文体が醸し出す柔らかさ,暖かさ,そしてせつなさがなんとも心地よい「大人のメルヘン」といったテイストの作品です。ところで,この作家さん,マンガ誌でコミック・エッセイを描いておられませんでしたっけ?
小林泰三「家に棲むもの」
 結婚して夫の実家に住むことになった文子。しかしその家には姑以外にもうひとりの老婆の影が…
 「憑くもの」と「憑かれるもの」との両方からの視点で描かれるところが,独特の手触りを生み出している「幽霊屋敷もの」です。スカトロ系がちょっと入っていて,馴染めないところもありますが,必然性があるからいいでしょう。ラストの処理は秀逸です。
柴田よしき「顔」
 有名芸能人と同姓同名であったことから,中条亜梨沙は「もっと美しくなりたい」と強く思い…
 女性の「美しくなりたい」という願望がホラーに転ずる作品は,けっこうありますが,この作品はその動機づけがなかなかユニークであり,またその願望がエスカレートした末に変質するところは,盲点をついた発想の逆転として楽しめました。ただラストはクリアなオチをつけようとしたせいか,バタバタした感じがします。
若竹七海「バベル島」
 ブリューゲル描く“バベルの塔”,それを現実に再現しようという欲望にとりつかれた男がいた…
 オーソドックスなネタであっても,「見せ方」しだいでは,まったくその容貌を変えてしまう好例のひとつではないかと思います。精緻なミステリの書き手として培った技法が,十二分に生かされた作品でしょう。
図子慧「地下室」
 女が住む廃屋には地下室があった。そして地下室には男の幽霊がいた…
 地下室の男の幽霊の正体はいったい何だったのか? 行き場を失った女はどこへ去っていったのか? すべてが曖昧でぼんやりとしていながら,俗世間から離れて生きる女と幽霊の男との無言の交歓が,どこかせつなく静謐な雰囲気を醸し出しています。
津原泰水「甘い風」
 骨董屋“南國洞”で,“おれ”は幻のウクレレにまつわる奇妙な話を聞かされ…
 ネタそのものはオーソドックスというか,古典的というか,陳腐というか・・・しかしそれでも読ませてしまうのは,やはり語り口の勝利でしょう。ラストの落とし所は,この作者の照れなのかもしれませんし,あるいはシニカルさなのかもしれません。不思議な余韻を残します。
山崎洋子「いとしのアン」
 「あなたはわたしの命の恩人」と“おれ”の元にやってきた女の正体は…
 『鶴の恩返し』ならぬ『蟻の恩返し』といった作品。民話によく見られる「異類婚姻譚」のグロテスク・ヴァージョンとでもいいましょうか。ふたりの間に生まれた子どもの造形が,ぞくぞく来る不気味さがあります。こういった傾向の作品も書くのか,といいう驚きをもって読みました。
山田正紀「バーバー」
 床屋で髪を切る“おれ”の耳に,その声が聞こえてきた。「バーバー」という…
 使い古されたネタを,描き出す視点を少しばかりずらすことで,不条理劇めいた幻想的な作品に仕上げています。「憑く」という言葉の解釈の仕方が一風替わっているところも,おもしろいですね。
とり・みき「木突憑(きつつき)」
 数日前,散歩に出た“私”は公園で啄木鳥に取り憑かれ…
 不条理な状況を日常的な風景の中に投げ込み,どこか突き放したように描き出すところは,この作者の十八番と言えるでしょう。その持ち味が十二分に発揮された一編です。

00/05/21読了

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