ジャネット・ハッチングズ編『双生児』扶桑社ミステリー 2000年

 「EQMM90年代ベスト・ミステリー」と副題のついた本書は,原タイトル“The Cutting Edge”というアンソロジィを二分冊したうちの1冊で,12編の短編を収録しています(もう1冊は『夜汽車はバビロンへ』と題されて出版されています)。
 気に入った作品についてコメントします。

ローレンス・ブロック「ダヴィデを探して」
 この作者の短編集『頭痛と悪夢』所収作品。感想文はそちらに。再読しましたが,やはりこの作者の語り口は絶品。
イアン・ランキン「動いているハーバード」
 贋作に手を染めた学芸員は,その露見を目前にして自殺を決意するが…
 追いつめられる主人公の焦慮と苦悩が,じわじわと伝わってくる作品です。ラストのツイストもいいですね。
ダグ・アリン「ヒマラヤスギの野人」
 密猟者が発見した首吊り死体は,他殺の容疑が濃くなり…
 この作者の短編集『ある詩人の死』の感想文でも書きましたが,この作家さんは,ヴェトナム戦争に深いこだわりを持っているようです。この作品でも,ヴェトナム帰りの男のかたくななまでの矜持と,それに直面した主人公の戸惑いとのコントラストが,丁寧なタッチで描き出されています。
コリン・デクスター「ドードーは死んだ」
 かつて想いを寄せた女性。ところが50年ぶりに再会した彼女は別人だった…
 主人公のモース警部が,語り手の情報から「事件」の真相を探るアームチェア・ディテクティヴ・テイストの作品です(厳密に言うとちょっと違うのですが)。丁寧にひかれた伏線が光る,すっきりとした本格ミステリです。本集中,一番楽しめました。
エド・ゴーマン「つぎはお前だ」
 カード・ゲームで集まった男4人。そこに強盗が忍び込んだことから…
 子どもじみた蛮行をきっかけとして,のっぴきならない状況に追いやられる主人公たちの姿が,緊迫感があります。この「蛮行」は,どこか,西部劇に通じるような「アメリカ的正義」みたいな感じがします。ラストの処理にもうひとひねりほしかったように思いますが…
ウィリアム・バーンハート「クリスマスの正義」
 弁護士ビル・キンケイドの元にもたらされた,密室状況下での盗難事件の真相は…
 「クリスマス・ストーリィ」というのは,欧米ではひとつのジャンルとして成り立っているのでしょうね。本編もそのひとつといったところでしょう,後味の良いラストは,いかにもクリスマス的です。「犯人」だけでなく,主人公の頑なな心が昇華されていくところがいいですね。
ナンシー・ピカード「口を閉ざす女」
 連続殺人犯の目撃者は,沈黙の誓いをたてた修道女だった…
 「はたして主人公は,どのようにして目撃者から証言を引き出すか?」というところに眼目があるかと思いきや,「なるほど,そう来たか!」という意外な展開でした。ミステリとしては,ちともの足りないものの,しかし,この結末はこの結末で,そういった趣向では得られない味わい深さが出ているように思います。

00/10/30読了

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