ダグ・アリン『ある詩人の死』光文社文庫 2000年

 「英米短編ミステリー名人選集」の第6集です。日本版の『EQMM』などに作品が掲載されているようですが,まとまった形で出版されるのは日本でははじめてとのこと。わたしも初見です。6編の中短編を収録しています。翻訳者の力量に負う部分も大きいのでしょうが,比較的短く,すっきりしたセンテンス,ウィットに富んだ会話などなど,わたしの嗜好にフィットしていて,じつに読みやすかったです。ミステリとしての「驚き」はやや薄いながら,ハードボイルド作品に通じる味わい深さがあります。

「ある詩人の死」
 凍りついた川の上で発見された惨殺死体。“私”はワッツ刑事とともに事件を追うが…
 1942年生まれという,この作者の世代でしょうか,この作品集に収められた作品のいくつかには「ヴェトナム戦争」の影が色濃く落ちているように思います。本作品も,(特定はされていないようですが,おそらく)ヴェトナム戦争のために障害を負った「詩人」の悲しい死を描いています。「やはりある意味で彼は自殺したのよ」という登場人物のセリフは,「無意味な戦いで人生を棒に振った」彼の死を一番よく表しているのかもしれません。
「ゴースト・ショー」
 死んだロック・シンガのコピーが売り物の「ゴースト・ショー」。“おれ”は,そこでかつてのメンバの“ゴースト”を見る…
 この作家さんは,ロック・バンドのギタリストでもあるそうです。そのせいでしょうか,主人公たちの「ドサ回り」の情景には生々しいものが感じられます。ほんの小さな悪意と誤解が死を招き,それが長い時の果てに蘇る,という展開は巧みなストーリィ・テリングと言えましょう。タイトルと響き合っているところもいいです。
「レッカー車」
 事故車の処理を生業にしているトラヴィスは,思わぬ殺人事件に巻き込まれ…
 主人公の周囲で起こる奇妙な出来事がミステリアスであるとともに,実家にいる妻を“人質”にとられるというサスペンスが,ストーリィに緊張感を与えています。また意外な犯人と,ハードボイルド・タッチのビターなエンディングも楽しめました。
「フランケン・キャット」
 金持ちの娘と結婚した獣医のデヴィッド。屋敷に新しい作男が来て以来,彼の周囲には奇妙な出来事が…
 「金持ちのオールド・ミスと結婚した貧乏な男」に対する世間の目と,主人公の想いのずれを上手に描き出しています(女性助手の配置が巧みですね)。「フランケン・キャット」は,その「ずれ」が生み出した皮肉な運命を象徴しているのでしょう。エンディングは,一種の「リドゥル・ストーリィ」を思わせ,その先がどうなるのか,すごく気になります。
「ダンシング・ベア」
 吟遊詩人の“私”がある宿屋で出会った兵士は,夜,酔っぱらって不可思議な踊りを踊り始め…
 十字軍遠征でイスラム教徒の捕虜となり,そのとき味わった陰惨な経験のため,無意識のうちに“熊踊り”してしまうアーサーの姿に,ヴェトナム戦争の後遺症に苦しむ兵士の姿を重ね合わせてしまうのは,わたしだけでしょうか? そんな風に考えると,いろいろな部分が寓話的に感じられてきます。
「黒い水」
 川の淵に沈んでいた自動車。その車に乗っていた男は,父親を捜しに来ていたという…
 会話がいいです。ウィットに富んでいながら,それでいて話をする相手に思いやりにあふれた会話がたまりません。それは当然,主人公をはじめとするキャラクタ群の魅力にもつながっているように思います。

00/01/27読了

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