平井呈一ほか編『暗黒の祭祀 怪奇幻想の文学II』新人物往来社 1969年

 「そもそも,人間知識の奥底を探れば,そこにはいかに冷笑的な懐疑論をもってしても論破できぬ本能的な確信が潜在しているものなのだ」(本書「半パイント入りのビン」より)

 ホラー小説が,「怪奇小説」「恐怖小説」と呼ばれ(あるいは「幻想小説」の一ジャンルとして扱われ),ほんの一握りのファンの間ででしか「流通」していなかった時代…そんな頃に編まれた,全7巻よりなる有名なアンソロジィ・シリーズの1冊です。古書店にて本巻と第4巻『恐怖の探究』を見いだしたとき,「やっと再会できたね」という感慨にひたってしまいました(高校時代,図書館から借りて読んだ)。
 冒頭に配された澁澤龍彦の解説論文「黒魔術考」からもわかりますように,黒魔術や呪いを素材とした短編14編を収録しています(ちなみに巻末の解説は荒俣宏です)。

W・F・ハーヴェイ「サラー・ベネットの憑き物」
 ライジンガム農場に住む老婦人サラー・ベネットの周囲では,奇怪な出来事が頻発するが…
 呪いも魔術も,気の持ちようで,いかようにもなる,というありがたい教訓を含んだお話(笑) 怪異が生じ,周囲もそれを認め,おののき,因果も明らかにされるにも関わらず,「本人」にとっては,なんの痛痒もないというギャップが,不可思議なテイストを作品に与えています。
アーサー・マッケン「変身」
 平和な海辺の町を訪れた家族を襲った悲劇とは…
 「素性の知れない若い女」は,つねに魔女である危険性を持っている,という発想は,訳者が「後注」でも書いているように,ヨーロッパ社会の根深い「信仰」なのかもしれません。H・P・ラヴクラフトが言っているように「恐怖」は人間のもっとも原初的な感情なのかもしれませんが,それを誘発する「引き金」は,文化であり,知識なのだと思いますね。
リチャード・バーハム「ライデンの一室」
 死んだ牧師が残した手記。そこに書き記されたこととは…
 描かれている魔術の手法は,まさにコテコテのオーソドクスなものですが,本編での眼目は,むしろ,登場人物たちの配置−魔術をかけられた娘と牧師との意外な関係−にあるのでしょう。それとキーとなった肖像画が持つ視覚的な不気味さ,余韻を持ったエンディングもまた魅力のひとつとなっています。
M・R・ジェイムス「呪いをかける」
 『M・R・ジェイムズ怪談全集1』「人を呪わば」というタイトルで収録されています。感想文はそちらに。
マーガレット・アーウィン「暗黒の蘇生」
 堅信礼を目前に控えた少女は,教会に言いしれぬ恐怖心を抱き…
 主人公の少女ジェインの「不安」「恐怖」を前面に押し出すことで,ストーリィに「謎」−なぜ怖がるのか?−を導入し,ストーリィ展開に緊迫感を与えています。さらに教会内部で発見される不可解な「落書き」,ジェインが幻視する奇怪な儀式と,複数のミステリを絡ませ,クライマクスへと結びついていくところは,すぐれてサスペンス小説的な結構となっています。怪異を語るとともに,それにともなう「不安」「恐怖」をもクローズ・アップしている点,怪奇小説の歴史の流れが感じ取れます。
シンシア・アスキス「シルビアはだれ?」
 旅行中に届いた友人からの手紙。そこには…
 怪奇小説において「自己申告」は,しばしば用いられる手法です。この手法において,語られる内容が「怪異」なのか,それともその人物の「妄想」なのか,という判断が保留されます。ラストにおける処理は,作品それぞれですが,大きく,その内容が証明される(怪異が実在した)場合と,証明されない場合とに分けることができます。ショッキングと言う点では,前者に軍配が上がるでしょうが,後者の,じんわりとした不安がにじみ出てくるような味わいも,わたしは好きです。
ロード・ダンセニイ「オットフォードの郵便夫」
 毎秋,配達される緑色の封書…そこに隠された秘密とは…
 好奇心から禁断の領域に足を踏み入れてしまう,というパターンは,怪奇小説の定番です。ポイントは,その好奇心が「どういう道筋」をたどるか,という点だと思います。そういった意味で,本編での,年に1回,必ず届く奇妙な手紙という設定はおもしろいですね。またそれが中国から届くというところも興味深いです。一種のオリエンタリズムでしょうかね?
デュボス・ヘイワード「半パイント入りのビン」
 黒人墓地から珍しいビンを拾ったことから…
 一見白人に従順な黒人たちが,白人たちのあずかり知らない奇怪な呪いを身につけているというモチーフは,黒人差別の歴史と絡み合いながら,一種独特のテイストを産み出すのでしょうね。
C・A・スミス「魔術師の復活」
 アラビア語が読めることから,老学者に雇われた“わたし”は…
 クトゥルフ神話には,「コズミック・ホラー」と呼ばれるSFホラー的展開と,オーソドクスな「黒魔術」的展開の2面があるのでしょう。本編は後者に属します。『ネクロノミコン』という素材を用いながらも,むしろ,双子の魔術師の「死を超えた」確執と闘争を,視覚的に不気味なシーンを上手に使うことで鮮やかに描き出しています。
H・P・ラヴクラフト「暗黒の秘儀」
 “わたし”は,一族の“祭”に参加するため,その町を訪れるが…
 創元推理文庫の『全集』では「魔宴」と題されている作品。この作者の,「呪われた家系」と,その結果としての「内なる邪悪さ」に対する,強迫観念にも近い想いが見え隠れしています。主人公が「見た」町と,実際の町とのギャップが,彼の経験の怪異さを効果的に盛り上げています。
オーガスト・ダレット「求める者」
 古い僧院に一晩泊まったフィリップスが見た光景とは…
 作者名は,今ではダーレスと表記するのが一般的なのでしょうね。キリスト教という厚いベールの「向こう側」に「何か」が息づいているという発想は,ヨーロッパの人々にとっては馴染み深いものなのでしょう。そういった点で,日本の伝奇小説,とくに古代史ネタを扱った作品にも通じるものがあるのかもしれません。
ロバート・ブロック「呪いの蝋人形」
 この作者の短編集『切り裂きジャックはあなたの友』所収作品。感想文はそちらに。
R・E・ハワード「鳩は地獄からくる」
 この作者の短編集『黒の碑』所収作品。感想文はそちらに(ちょっとだけですが^^;;)。
アルジャーノン・ブラックウッド「邪悪なる祈り」
 ふと思い立って,30年ぶりに母校を訪れた絹商人は…
 「ジョン・サイレンス・シリーズ」中の1作。主人公が,自分を取り巻く状況の奇怪さに,しだいしだいに気づいていくところの描写は,この作者ならではの絶妙の語り口と言えましょう。

03/10/03読了

go back to "Novel's Room"