A・ヒッチコック選『一ダースの戦慄』トクマノベルス 1976年

 タイトルのように12編を収録したホラーとサスペンスのアンソロジィです。

ピーター・フレミング「獲物」
 駅の待合室で,若い男が退屈しのぎに語りはじめた奇妙な話とは…
 「袖振り合うも多生の縁」という俗諺が今も生き残っているのは,それがときに実感されるときがあるからでしょう。それゆえに,その「縁」が,思いもかけない,そして恐ろしいものへと転化するという,ホラーの定番のひとつは,それなりのリアリティを持つものなのでしょう。
レイ・ブラッドベリー「群衆」
 自動車事故以来,彼は,自分を取り囲んだ“群衆”のことが頭を離れず…
 「あたりまえの風景」の中に,なにか異質なものを見出す感覚(「嗅覚」とも言えます),そしてそれを増幅させることで異界を作り出していく想像力…作家にとって必要不可欠な要素を,この作者が確実に持っていることを示す1編です。本集中で一番楽しめました。
H・R・ウェイクフィールド「幽霊(ゴースト)ハント」
 この作者の短編集『赤い館』「ゴースト・ハント」という邦題で収録。感想文はそちらに。
ウィリアム・サンブロット「タフな町」
 セールスマンは,その町で,理由もわからず追い立てられ…
 誤解に基づく不条理劇風の展開と,そこからの解放という「ありがち」なストーリィをもうひとひねり。不条理が条理へと落着しそうなところで,もう一度不条理へと投げ込まれる恐ろしさが,本編の持ち味と言えましょう。
J・J・ファージョン「警官が来た!」
 下宿人のひとりが殺された…男はそう告げ,他の下宿人のアリバイを調べるが…
 ミステリを読み慣れている読者にとって,本編の状況設定とキャラクタ設定が,「別の可能性」を暗示していることは,おそらく見当がつくと想います。そして同様に,作者もそのことを踏まえた上で(読者の予想を折り込み済みで),本編を書いたのではないかと思います。
フィリップ・マクドナルド「羽を持った友達」
 ドライヴ中の若い男女が,その森に入り込んだことから…
 聖域への(知らないままでの)侵犯とその制裁という古典的なモチーフですが,その「聖域」のユニークさと,その「制裁」を行うものの「姿態」と「制裁」とのギャップが,本編の持ち味なのでしょう。皮肉なタイトルもいいですね。
エドワード・L・ペリイ「追いはぎ」
 中年男から,女をエサにして,金を巻き上げようとしたふたり組は…
 「カモ」だと思ったら「狼」だった,というパターンではありますが,主人公たちの災難が,「狼」の圧倒的な力によってではなく,いかにもありそうな「状況」によって産み出されているところが,この作品のおもしろさですね。
アガサ・クリスティー「神の燈」
 その屋敷からは,死んだ子どものすすり泣きが聞こえるという…
 霊能力者と呼ばれる人々は,「此岸」と「彼岸」とを行き来できる人間とされています。だからこそ「彼岸」の魂を救えるのでしょう。しかし,そのような「力」を持たない人間が,「彼岸」の魂を救おうとするとき,みずからが「彼岸」に行かねばならないのかもしれません。ここでいう「神の燈」 は,凡人にとってはあまりに残酷なものでしょう。
シオドア・スタージョン「それ」
 仁賀克雄編のアンソロジィ『幻想と怪奇 2』に収録。感想文はそちらに。
ポール・エルンスト「小さな地底人」
 アンソロジィ『宇宙恐怖物語』「小さな巨人」という邦題で収録。感想文はそちらに。
リチャード・マシスン「ぼくはだれだ!」
 会社を出た男は,自動車を止めた場所を思い出せなかった…それがはじまりだった…
 正直,オチは,あまり好みのものではありませんが,主人公が,つぎつぎと記憶を失っていくところ,そしてそれに対する彼が感じる恐怖の描写は圧巻です。とくに「近い記憶」から無くなっていくというのは,どこか老人の痴呆症を連想させ,妙にリアルです。
ロバート・アーサー「悪夢のなかで」
 結婚以来,夫は悪夢にさいなまれ続けるという…
 考えてみれば,用いられているふたつの素材は,じつにクラシカルなものなのです。しかしそれを,主人公の「悪夢」という形で描き出すことで,ショッキングなラストを上手に盛り上げています。

05/06/12読了

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