グロフ・コンクリン編『宇宙恐怖物語』ハヤカワ・SF・シリーズ 1967年

 「ことばというのは,情緒を隠すためのものだ。生の情緒を恐れるところから,言語の必要性が生まれたのだ」(本書「蠅」より)

 SFホラーの短編15編を収録したアンソロジィです。

レイ・ブラッドベリ「罪なき罰」
 浮気した妻への怨みをはらすため,彼女の“マリオネット”を殺した男は…
 「ロボットの生命」という,設定こそSF的シチュエーションですが,それをめぐる「法の狭間」で主人公が直面する不条理は,けっしてSFだけの話ではないように思えます。
リチャード・マティスン「チャンネル・ゼロ」
 その平凡な家庭で起こったこととは…
 少年に対する警察の訊問の録音といった体裁の作品。「メディアによるコントロールの恐怖」を,短編だからこそのグロテスクさで切り取ってみせています。
ピーター・フィリップス「失われた記憶」
 天空から落ちてきた“異邦人”の正体とは…
 「生きながらの埋葬に対する恐怖」のSFヴァージョンとでも呼べましょうか。SF特有の「視点のずらし」を巧みに用いた佳品です。
シオドア・スタージョン「記念物」
 戦争をなくするためには,“記念物”が必要だ…男はそう考えた…
 マッド・サイエンティストの言い分に「理」を感じるとき,それは,世界そのもの,時代そのものが「マッド」になっているからかもしれません。
マーガレット・セント・クレア「プロット」
 信号用ロケットから発見された手記に書かれたこととは…
 いわゆる「ファーストコンタクトもの」。その苦労を「手記」という形で描きながら,ラストでアイロニカルなツイストを仕掛けるところが,この作品の持ち味でしょう。
アイザック・アシモフ「蠅」
 科学者のケイシーが,異様に蠅に“好かれる”理由は…
 「神」と「人」,あるいは「言葉」と「情緒(思念)」との関係という形而上学的なモチーフを,SFというフィルタを通して皮肉っぽく描いているところが,この作者の力量なのでしょう。
パウエル・エルンスト「小さな巨人」
 数百万年前の地層から発見された足跡は…
 今ではいしいひさいちくらいしか描かなくなった素材ですが(笑),魅力的なイントロ,理詰めゆえに生じる不気味さ,クライマクスでのスリルと,ストーリィ・テリングは絶妙です。
マレイ・ランカスター「冥王星輸送路」
 毎日,定期的に発射される冥王星輸送船。それに乗って密航を企てた男は…
 途中で「あれ?」と思う記述があり,展開が読めなくなったところで,鮮やかな着地。SFの衣をまといながらも,良質なクライム・ノベルに仕上がっています。
フィリップ・K・ディック「にせ者」
 異星人との戦争の最中,彼はスパイとして逮捕された…
 「アイデンティティ」なるものの曖昧さ,そしてそれゆえに生じるSFならではのサスペンス…まさに「ディック節」が堪能できる1編です。
チャド・オリヴァー「ふるさとの我が家にこそ」
 ふたつの家族の暮らすその“世界”に,突然やってきたものとは…
 一種の「侵略ものSF」なのでしょうが,宇宙進出というSF的状況に仮託した「文化」をめぐる思考実験的な作品として楽しめました。
ロバート・シェクリイ「ひる」
 宇宙から飛来した“ひる”に対して人類は…
 おそらく,本編における「恐怖の核心」は,“ひる”ではなく,人類の「盲目的な愚かさ」なのでしょう(あるいはアメリカに根強くあるという反知性主義)。そして,その愚かさがもたらした「新たな恐怖」を想像させるラストはいいですね。お話作りの上手さは,さすが『人間の手がまだ触れない』の作者だけあります。
アンソニイ・バウチャー「就任式以後」
 1984年,アメリカは歴史の分岐点に立っていた…
 「民主主義はつねに全体主義の“芽”を内包している」という言葉をどこかで聞いたことあります。タイムマシンもののフォーマットを踏襲するとはいえ,じつにヘヴィな内容です。
アラン・E・ナース「悪夢の兄弟」
 悪夢から悪夢へと渡り続ける男。その理由は…
 悪夢から抜け出せないときに恐怖を感じますが,悪夢であることがわかっていながら抜け出せないという恐怖は,より深いものがあるのでしょう。
ロバート・A・ハインライン「彼ら」
 彼は,自分を取り巻く世界に,言いようのない不信感を覚え…
 ネタ的には,今では古さを隠しきれませんが,主人公が“世界”に抱く不信感は,一種のトンデモ的迫力に満ちていて,この作者の筆力が感じられます。
フレドリック・ブラウン「闘技場」
 “青い砂漠”で意識を取り戻した彼を待っていたのは,人類の存亡をかけた闘いだった…
 この作品もネタとしては古いものですが,ルールを読み解きながら,そのルールのもとで,いかに闘うか,というゲーム的な展開が楽しめる作品です。

03/10/26読了

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