黒崎緑『しゃべくり探偵』創元推理文庫 1997年

 東淀川大学(笑)の守屋ゼミは,夏休みを利用してロンドンへ一ヶ月の短期留学。その出発前,滞在中,帰国後,ゼミご一行にはさまざまな災難やら事件が降りかかる。犬の散歩で一日2万円という破格のバイト(「番犬騒動」),高級洋書の行方不明事件(「洋書騒動」),留学していた女性研究者の殺人事件(「煙草騒動」),帰国したら自分のドッペルゲンガーがうろうろしていた(「分身騒動」)。ボケ・ホームズこと保住純一とツッコミ・ワトソンこと和戸晋平が,ひたすら関西弁でしゃべり倒しながら,事件を解決していく。

 いやあ,笑わしてもらいました。大阪人が東京に行くと「せっかくボケているのに,東京の人はつっこんでくれない」と嘆くそうです。普段からこんな小説のような会話しているわけではないでしょうが,なんとなくその嘆きがわかるような気がする作品です。会話や手紙だけで成り立っているミステリはときどき目にしますが,関西弁でやられると,異様に迫力がありますねえ。それと登場人物のネーミングが,「保住」「和戸」はもちろん,守屋教授の弟が開いているレストランは「守屋亭(もりやてい)」,和戸君に奇妙なアルバイトを紹介する大学助手は「破土村(はどむら)」,第3話の被害者の女性は「安土良(あどら)」,と,もういかにも,という感じで,にやりとしてしまいます。

 しかしそういったデコレーションの部分をさしひくと,和戸君が提供する情報をもとに保住君が解決していくという,非常にオーソドックスな安楽椅子探偵ものといえましょう。ちょっと伏線が見え見えの部分もありますが,コンパクトにまとまっている感じで,関西弁とあいまって,読んでいて楽しめます。それから最後にもうひとつ「お楽しみ」があって・・・(以下自粛)。

 関係ないけど,手塚治虫の『三つ目がとおる』の主人公「写楽保介」の名前は,シャーロック・ホームズが元ネタだそうだ。

97/02/01読了

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篠田真由美『玄い女神 建築探偵桜井京介の事件簿』講談社ノベルズ 1995年

 10年前の友人・狩野都から届いた一通の手紙に招かれ,桜井京介と蒼は,群馬の山奥のホテル「恒河館」へと向かう。そこで彼は,10年前にインドで起きた密室殺人の解決を依頼される。その現場に居合わせた5人の男女が再び集まる。インドの聖なる河の名を冠したこのホテルに。が,ホテルの女主人・都は河に飛び込み自殺してしまい,豪雨の中,下界と連絡が絶たれたホテルの中で,10年前の確執が蘇る。そして起こる第二の密室殺人。10年前の事件,そして現在の事件,京介の推理が明かした真相は?

 閉ざされた山荘,密室殺人,愛憎に彩られた人間関係・・・・。作者自身が言っているように「陳腐」な設定ですな。でなおかつ,作者は,それプラスαに自信を持っているようですが,じつは途中で,その「プラスα」が読めてしまったんですよね。だから桜井京介というキャラクターはなかなか魅力的だし,この作品で蒼の過去もちらりとのぞかされ,今後のストーリー展開は期待はもたれるものの,あまり楽しめなかったな,この作品は。

97/02/02読了

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酒見賢一『童貞』講談社 1995年

 女の支配する邑・シャアでは,「黄色い大河」の氾濫を治めるため,女たちは毎年,男と牛羊を河の神に捧げている.河を祭ることの許されぬ男の身でありながら,グンは堤防工事で治水を試みるが,失敗.殺され河に捧げられる.それを見ていたユウは,グンの意志を継ぐとともに,グンを殺した女たちへの復讐を誓う.成長したグンの怒りが爆発したとき,シャアの邑は殺戮の場へと変貌する.そしてシャアの邑を飛び出たユウは,放浪の末,南から移住した象を使う民・トゥシャンと出会い,そこで少年の頃に出会った少女と再会する.女が男を選ぶシャアの邑で,女たちの誘いを拒絶し,童貞であり続けたユウは,成長した少女を抱くことにより,シャアだけでなく,全土を治水する,つまり全土を支配することを決意する.

 皇帝舜に,鯀(グン)は黄河の治水を命ぜられるが,失敗,殺され,その意志を継いだ息子・禹(ユウ)が,治水に成功するという,中国の神話をもとにしています.また神話でも禹と塗山(トゥシャン)氏の娘とのロマンスが語られています.黄河の治水に成功した禹は,中国最古の王朝・夏(シャア)の始祖となります.

 シャアが女に支配され,シャアでは「父親」という概念がないという設定は,一昔前の唯物史観のいう「女権社会」「雑婚」などをもとにしているようです.またユウが,なかなか独立を許さない邑の女たちを最後に殺戮するのは,フロイト理論がネタでしょうか.ちなみに夏の時代の中国はいまより温暖で,黄河流域付近に象が住んでいたそうです.

 酒見賢一は,『後宮小説』や『墨攻』,『陋巷に在り』など,中国(?)を舞台とした小説を得意としており,いろいろな理論めいたことを換骨奪胎して,独特の作品世界を創り上げるのが,彼の持ち味にもなっています。どこまで本当で,どこまで嘘なのか,その微妙な境界あたりで,作品世界を楽しむことができます。しかしこの作品では,上に書いたような理論めいた部分が,あまりにストレートに出過ぎていて,鼻につき,気持ちよく作品世界に入り込めませんでした.残念ながら,酒見氏の他の作品よりかなりレベルが落ちるんじゃないかと思います。

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トム・サヴェージ『崖の家』(ハヤカワ文庫) 1996年

 崖の上の家”クリフハンガー”に住むケイとアダム夫婦,ケイの連れ子のリザ。ある日,リザの世話係としてダイアナが雇われてから,彼らの周囲には不穏な空気が流れ始める。その背後にはアダムとダイアナがたくらむ,ある「計画」があった。そしてダイアナさえ知らない異常な行動を取るアダム。一方,ダイアナの伯母マーガレットは,ダイアナの不可解な行動を探るため,私立探偵を雇うとともに,かつてダイアナを治療した精神科医スタインの協力を得て,彼女の真意を探る。そして運命の”レイバーデイ”,”あのクリフハンガー事件”と呼ばれた惨劇が発生する・・・

 なかなかサスペンスフルな展開の小説です。それぞれの登場人物の行動が,巧妙に謎を残すような形で描かれ,いわば「ひき」がなかなか良いです。ただみえみえの「ひき」もあり,ちょっと退屈するところもありますが。それから最終章でダイアナの「計画」の全貌が明らかになるのですが,描き方が説明的で,ストレートすぎ,それが前半部の思いっきり「ひき」を残す描き方と妙にアンバランスで,クライマックスへの流れが阻害されているような気がします。お約束のラブロマンスもあるし,どちらかというと,ミステリ映画かドラマにした方が,けっこうおもしろい作品になるんじゃないかな,と思いました。

 ところで,内容と関係ないけれど,最近文庫の誤植の多さには辟易します。文庫の供給量があまりに多すぎて,きちんと校正してないじゃないか,と思えてなりません。とくにクライマックスで誤植に気づくと,せっかく盛り上がった気分が急速に白けてしまいます。なんとかなりませんかねえ。

97/02/09読了

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東野圭吾『ブルータスの心臓 完全犯罪殺人リレー』(光文社文庫) 1993年

 雨宮康子に脅迫された末永哲也・仁科直樹・橋本敦司の3人は,彼女を殺し,大阪→名古屋→東京へと死体をリレーして運ぶことによってアリバイを作る「完全犯罪殺人リレー」を計画,実行する。ところが・・・・。

 東野圭吾の作品はけっこう好きで,よく読みます。「殺人リレー」という設定はおもしろいし,それが突然狂ってしまうところなんかも,魅力的です。しかし全体としては,これはちょっとなあ,というのが正直な感想です。犯人側を中心にストーリーは進みますが,それと並行して描かれる警察の捜査が,結局なんだったんだ,と尻切れトンボに終わってしまっています。さらに後半で急にクローズアップされるワンマン社長とその懐刀。これもなにかとってつけたようで,ストーリーの流れとしっくりこない。なによりも社長令嬢の仁科星子の描き方が,戯画的で,しょうしょう白けます。そして終わり方があまりに唐突。意外な真相ではあるんでしょうが,「え,なんでこいつが」ととまどってしまいました。「エリート社員の犯罪と転落」とでも呼べばいいのでしょうか,火曜サ○ペンス劇場か何かの2時間推理ドラマを見ているようでした。

97/02/09読了

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小池真理子ほか『絆』(カドカワノベルズ) 1996年

 小池真理子・鈴木光司・篠田節子・坂東眞砂子・小林泰三・瀬名秀明といった,気鋭のホラー作家によるアンソロジーです。最近,ホラー小説のアンソロジーはけっこう多いですが,どうも二匹目のドジョウ狙いのような本が多く,とくに翻訳物は,なんでも訳せばいい,という感じがしないでもありません。そんななかで,近年には珍しくこの作品集はけっこう粒そろいです。

小池真理子「生きがい」
 「狂人はみずからを狂人とは呼ばない」という小説です。最後のどんでん返しが効いており,さりげない伏線に,思わずうなってしまいました。
鈴木光司「ナイトダイビング」
 ホラーというよりファンタジーですね。ダイビングやらんからいまいち実感わきませんが。
篠田節子「小羊」
 設定はSFでよく見かける「人間牧場」テーマですが,後半の少女のこころの動きがなかなか味わい深いです。
坂東眞砂子「白い過去」
 物語は,主人公の女性の屈折した心を描きつつ,ホラー風に進みますが,結末はなかなかミステリ的です。狂気を臭わせるラストの描写がこわいです。
小林泰三「兆」
 この作品集では一番好きです。狂っているのはあなたですか? それともわたしですか? それは外から来るものですか? もともと内部にあるものですか?
瀬名秀明「Gene」
 作者お得意(?)のバイオホラー,なのかな。遺伝子工学の用語がいっぱい出てきますが,メインモチーフはバイオじゃないようです。ちなみに私のお気に入りのコミック『アフター0』が出てきます。
97/02/10読了

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西村京太郎『殺しの双曲線』(講談社文庫) 1979年

 招待状に招かれて雪山の山荘に集まった,互いに見知らぬ6人の男女。しかし電話が通じなくなり,唯一の交通手段である雪上車も何者かにより壊されてしまう。孤立した山荘の中で起こる連続殺人。死体のそばに残された謎のカード。一方東京では連続強盗事件が発生,犯人は双生児の兄弟であることは目撃者の証言から間違いないのだが,彼らの巧妙な立ち回りに,どちらが犯人か特定できず,警察はいらだつ。まったく無関係に見えるふたつの事件の背後に隠されていたものは・・・・・・・・。

 「十津川警部シリーズ」「旅情ミステリ」で人気沸騰の西村京太郎先生です。いままでのこのホームページのラインナップからは,あまり予想のつかなかった作家かもしれません。ある「新本格派」にふれた文章の中で,この作品をほめていたので,読んでみました。

 この作品のメイントリックは「双生児」です。といっても,ネタばれではありません。作者が冒頭で堂々と宣言しているのですから。閉ざされた山荘,つぎつぎと殺されていく登場人物,疑心暗鬼にかられる人々・・・・,作中にもふれていますようにクリスティの『そして誰もいなくなった』をベースにした,ストレートな本格推理です。ストレートすぎて,定石通りの展開に先が読める部分もありますし,「やられた!」といっただまされる快感はあまりありません。ただ警察の推理(それは読者の「読める」部分でもあるのですが)を見越した,犯人の用意周到なトリックには,なかなか感心させられました。そして最後の,そんな犯人に対して刑事が,「論理」ではなく,「情」で迫るシーンは,自らの正当性を主張する犯人の動機そのものの落とし穴を明らかにしている点で,けっこうおもしろく読めました(「論理至上主義」の推理小説ファンには物足りないかもしれませんが)。
 ただ読者は情報を与えられているので,刑事の推理の妥当性がわかるけれど,その情報が与えられていない刑事の推理の展開にはちょっと無理があるな,と思うところもありました。でも全体として楽しめる作品です。

97/02/11読了

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小池真理子『妻の女友達』集英社文庫 1995年

 6編よりなる短編集。うち表題作は推理作家協会賞の短編賞をもらったそうです。小池真理子の作品は,短編にしろ長編にしろ,日常的な世界のなかに,ふっと紛れ込む狂気や欲望,妄想,そして殺意を,アイロニカルに描いていて,けっこう好きです。なによりストーリーテリングが巧みで,結末に,にやり,とさせられたり,「おお」と膝を打ったりさせられます。またちょっとした描写で,人間関係や登場人物の心理を的確に表現する描写力には,いつも感心します。そして女性だからできる女性に対する容赦ない描写に,なんとも薄ら寒い恐怖を感じます。

「菩薩のような女」
 傲慢な父親と,それに耐える後妻・妹・娘たち。ある夜,彼女たちが外食している間に火事が起こり,足の悪い父親は焼死してしまう・・・・。娘がそこに作為を感じるきっかけがおもしろいです。「仲のいい女同士」のお話です。
「転落」
 愛人の「自殺」をきっかけに,過去の犯罪の露見を恐れる男がとった行動は・・・。なんとも情けない男と底知れぬ女の怖さです。「女をなめちゃいけないわ。ね? あなた。女はなんだってできるものよ。」
「男喰いの女」
 近所の老婆が口にした噂話を忘れられない女性が,じょじょに自らの妄想に振り回され,その結果・・・・。最後の一文は不要でしょう。
「妻の女友達」
 平凡で平和な生活を乱す妻の女友達に,夫は殺意を抱いて・・・。外面如菩薩,内面如夜叉,ですか。男っていうのは,自分勝手で,やっぱり情けないですねえ。
「間違った死に場所」
 身勝手な愛人を殺してしまった女が,男の本宅に電話すると,男は奇妙な遺言を残していた。欲にとりつかれた男女とその皮肉な結末。「うなだれてみせた」という一言に,主人公の心理がよく出ていると思います(作文の添削かい! でもほんとにそう思います)。
「セ・フィニーー終幕」
 成功した俳優が年上の愛人に殺意を抱き,アリバイ作りをたくらむが・・・。
旅行に行き慣れている人間だったら気づいたのにねえ。

97/02/11読了

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原リョウ『そして夜は甦る』ハヤカワ文庫 1995年

 探偵・沢崎のもとに来たふたりの依頼者,彼らはともに失踪したルポ・ライター佐伯直樹を探してくれと言う.ひとりは「カイフ」と名乗るいわくありげな男,もうひとりは妻の佐伯名緒子.彼女とともに沢崎が訪れた直樹のマンションからは刑事の死体が発見される.沢崎はわずかな手がかりを頼りに,佐伯直樹の行方を追う.その過程で浮かび上がる都知事選での怪文書事件と候補者の狙撃事件.佐伯と「カイフ」はこのふたつの事件にどう関係するのか.その背後に潜む真相に迫る沢崎が見たものは・・・

「私は新宿に戻るまで,愛情や真実や思いやりの方が,憎しみや嘘や裏切りよりも遥かに深く人を傷つけることを考えていた.」

 金持ちからの失踪人捜索の依頼,暗い影を宿した男,錯綜する人間関係,有能だが一癖も二癖もある刑事,華やかな世界に潜む欲望や陰謀,ストイックな探偵.ハードボイルド小説の王道を行くというか,あまりに典型的というか・・・.ハードボイルド小説を読んでいていつもイメージするのが,なぜかピンボールゲームです.探偵は,ゲームのボールのように,依頼人にはじかれ,あちこちにぶつかり,すこしずつ手がかりを得ながら得点を上げていく(真相に近づいていく).ボール自身もあちこちにあたっているうちに,傷つく場合もある.しかしボールがソケットに落ちて,ゲームが終わると,その得点や傷にどれだけの意味があるのかさえ,はっきりしない.それでもボール(探偵)は,次のゲームが始まれば(依頼人が現れれば),またプレイ盤上にはじかれ,出て行かねばならないのです.ちょっとペシミスティックですが,そんなイメージです.かつてチャンドラーやロス・マクドナルドを読みふけっていた時期がありますが,ひどく懐かしく,それでいて哀しい世界に再会したような気分を味あわせてくれる小説でした。

 ところで読んでいて気になって仕方がなかったのですが,やたらと強調の点々がふられているのはなぜでしょうか? 隠語や略語ならともかく,とても強調する言葉とは思えない「ゆうに」とか「さながら」とか「つっかい棒」とか・・・点々をふらないと読者に意味が分かってもらえないと思っているのでしょうか?

97/02/14読了

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麻耶雄嵩『あいにくの雨で』講談社ノベルズ 1996年

 ふたつの集落の間にそびえ立つ廃墟の”塔”。8年前に起きた殺人事件,その犯人と目され,逃亡していた男がその塔で殺された。8年前と同じように,塔の周囲は雪で覆われ,足跡は塔に向かう被害者のものだけ。第一発見者である烏兎・獅子丸・祐今の高校生3人組は,密室の謎と犯人を追う。一方,彼らの高校では生徒会の機密漏洩事件が発生。調査を依頼された烏兎と獅子丸は,事件の背後に教師の存在をかぎつける。そして塔では三度目の密室殺人が・・・

 「新本格派」は,「奇想」や「トリック」あるいは「読者への仕掛け」がメインになっているのだから,「人間が描けていない」とか「リアリティがない」といった批判は,多少的外れなものだと思っている.たとえば,どんなに奇抜なトリックや仕掛けでも,設定そのものを奇抜にしてしまえば,それなりに落ち着く場所もあろうというものだ.だが逆に,トリックや仕掛けが陳腐であったり,お粗末であったりすると,先の批判にあるような,「非現実的」「リアリティのなさ」がひどく目立ってしまう.

 この作品は,残念ながら,それに当てはまってしまい,正直な話,読んでいてうんざりした.使い古された「雪の密室」,あからさまなミスリーディング,みえみえの伏線,第三者が当然気づくはずのことが描かれていない不自然さ(あまりに無能な警察!!).そういった「本格推理」としての欠点のため,異様に権力を持った高校の生徒会や,その調査機関など,あまりにリアリティのない設定が,浮き上がってしまい,作品世界への没入をためらわせる.「機密情報漏洩事件」がえんえんと語られる必然性みたいなことがないわけでないが,なぜこんな大げさな設定にするのか理解に苦しむ.集落の名前に「崖瓜(がいら)」と「蒜田(さんだ)」と名づけるのと同じような「ケレン味」「稚気」といってしまえば,それまでだが・・・.

 この作品を「推理小説」として読めば腹が立つが,屈折しているとはいえ,「青春小説」(良質とは言えないけれど)として読めば,それはそれで作者の気持ちもわからないではないのだが.

97/02/15読了

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逢坂剛『まりえの客』講談社文庫 1996年

 今年に入ってから,『幻の祭典』『百舌の叫ぶ夜』と,逢坂剛づいています。どちらも重厚な作品で,気に入っています。そこで,今度は同じ逢坂作品でも,ちょっと目先を変えて短編集を読んでみました。6編よりなる短編集です。

 「玉石混淆」というのが第一印象。前3編(「まりえの客」「盗まれた風景」「三十六号車の男」)ははっきり言っておもしろくなかった。というか,サスペンスやミステリに出てくる男女関係って,なんでこういつも不倫ばかりなのでしょう。たしかに不倫関係は,それ自体が他人には言えないこと,つまりミステリアスなものであるから,ミステリのネタとしてあつかいやすいのでしょうが,なんだか,そればっかりだと,あまりに安直のような気がしてなりません。ただ単に物語が作りやすいだけ,といったら酷でしょうか?

 ただ後3編(「アテネ断章」「死せるソレア」「最後のマドゥルガーダ」)は,いずれもヨーロッパを舞台にしていて,とくに後2編は,作者お得意の「スペインもの」(というらしいです)で,こちらはおもしろく読めました。「アテネ断章」は最後に「にやり」とさせられますし,「死せるソレア」は幻想味を帯びていて,それでいて現実的で,もの悲しい結末になっています。「最後のマドゥルガーダ」は,フラメンコを知らない私にも,演奏シーンには一種鬼気迫るものが感じられました。最後の二転三転する落ちも,けっこういいです。

 ですから,「顔」マークが,(^o^)になっているのは,後半3編によるものです。

97/02/15読了

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志水辰夫『行きずりの街』新潮文庫 1994年

 失踪した教え子を捜しに東京へ舞い戻った元高校教師・波多野。失踪の背後にちらつく私立名門女子校の関係者。そこは,12年前,彼がスキャンダルで追われた高校だった。だが彼のスキャンダルの背後には,女子校の権力をめぐる陰謀が隠されていた。そして別れた妻との再会。12年前の事件の決着をつけるべく,バブルに浮かれる東京の闇の中で,男の追跡と復讐が始まる。

 なんだか時代劇みたいな物語ですね。名門女子校の「お家騒動」の渦中に,かつては有能な家臣だったけれど,「悪家老」の陰謀で,いまは素浪人になっている主人公が入ってきて,悪家老の旧悪を暴くとともに,人はいいけれど気の弱い忠臣やら「バカ殿」を助け,お家の危機を救う。もちろんクライマックスは「悪家老」と「素浪人」との一騎打ち。最後には,陰謀の犠牲になりそうだった「お女中」を救い出すとともに,泣く泣く別れた妻とよりを戻して,事件が終わったあと,風のように去っていく。そんな感じです。

 あるいはこんな読み方もできるかな。高度成長期の渦中で経済効率のみを追求する一方で,倫理的には偏執的なまでに古くさい考えにとりつかれた男と,全共闘世代で,そんな男を忌み嫌いつつ,バブルの時代にも強烈な違和感を感じている主人公との確執を軸として,その周辺に,もうひとつ若い,バブル経済のなかでしたたかに立ち回る人間たちが配される,いわば一種の「世代間抗争」を描いている,と。

 多少ご都合主義的な部分はありますが,物語はテンポよく展開し,一気に読み通せます。

97/02/16読了

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小池真理子『柩の中の猫』新潮文庫 1996年

 1955年5月,川久保悟郎の家に住み込むこととなった針生雅代は,母を亡くした8歳の娘・桃子と,その愛猫・ララと出会う。桃子に,そして悟郎に惹かれる雅代は,悟郎に絵を習いつつ,家政婦兼家庭教師として平和な日々を送る。が,ある日,彼女の前に小柴千夏が現れてから,徐々に歯車が狂い始め・・・・・・・。

 ううむ,相変わらず手慣れたストーリーテリングです。物語は,雅代が30年以上経て,過去を語るという体裁をとっています。物語の大半は”わたし”という一人称をとっていますが,それは,1955年当時の,嫉妬と激情にかられるリアルタイムな”わたし”であるとともに,それを冷静な目で分析し,描写する”わたし”でもあるのです。そのため,激情にも冷徹にも偏ることない効果的な描写が,物語の緊迫感を高めています(同じようなことを解説で皆川博子が書いているので,二番せんじのようで気がひけますが,読んでいる最中に考えたことなので,あえて書かせてもらいました)。

 最後に起こるであろう悲劇は,物語の早い段階である程度予想がつきますが,じつはもうひとつの真相があります。その真相こそが,この物語の悲劇性を倍加させ,最後に暗示された桃子の「その後」の悲劇へとつながっていきます。この単に「暗示」にとどめているあたりも,小池真理子の巧みさではないかと思います。

 そしてもうひとつ,冒頭で,30年後の雅代が家政婦の由紀子に語り終えたシーンが描かれますが,由紀子は雅代に「私が先生の立場だったら,先生と同じことをしてたと思います」と語っています。もちろん最初はなんのことかわかりませんが,読み終わって,もう一度読み返すと,じつに怖いセリフであります。つまり雅代の「狂気」や「邪悪さ」が,けっして彼女ひとりの特殊なものではなく,ある程度の人の共感を呼ぶ普遍性を持ったものである可能性を暗示しているからです。「さあ,あなたもいつ私と同じようなことをするのかわかりませんよ」といわれているようで,怖いです。

 当分,小池真理子からは目が離せませんねえ・・・・

97/02/16読了

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原リョウ『私が殺した少女』ハヤカワ文庫 1996年

 依頼人宅を訪れた探偵・沢崎は,そこで少女の誘拐事件に巻き込まれる.犯人の指名で身代金6000万円を運ぶことになった彼は,途中,暴走族に襲われ,そのあいだに6000万円は姿を消してしまう.犯人との取引に失敗し,事件から離れざるえなくなった彼のもとに,誘拐された少女の伯父が来訪,彼の子供たちが誘拐事件とは関係ないことを調査してくれと依頼される.ふたたび事件の渦中に飛び込む沢崎.そして1本の電話に導かれ,訪れた廃屋で彼が見つけたものは・・・・・・

 前作『そして夜は甦る』は,往年のハードボイルド小説に対するオマージュのような作品で,良くも悪くも,それらを忠実になぞっているような感じがして,いまひとつ物足りませんでしたが,今回は,冒頭からハイテンポにストーリーが進み,物語の中へ引き込まれます.また,前作における沢崎が,事件の傍観者的な立場を崩さなかったのに対し(探偵が事件の傍観者でありえるかどうかという問題は,法月綸太郎に任せておきましょう),タイトルからも想像されるように,事件の帰趨に大きく関わっている立場になります(だから,途中で事件から離れざるをえなかった沢崎の苛立ちは,そんな自分の立場あるいは無力さと,依頼人がないままに探偵が首を突っ込むべきではない,という職業的な倫理観の間でのジレンマだと思います).そんなこんなで,前作に比べる,格段にパワーアップした感じです.

 それと,この事件は前作から2年後という設定のようですが,あいかわらず「渡辺」は諸国を流浪して,ときどき「紙ひこうき」を沢崎に送りつけてきますし,新宿署の錦織とも,(本人たちは否定するでしょうが)絶妙のコンビです.そして清和会の橋爪と「化け物(今回,相良という名前であることが判明)」も,元気に(?)極道をやっているようです.今後,これらの連中を全部巻き込むような事件が起きるのでしょうか?(最後の「紙ひこうき」が,なにやら伏線くさいような気もします).

97/02/18読了

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菊地秀行『東京鬼譚』双葉文庫 1997年

 電灯の光が,夜から闇を追いやり,エアコンとシステムキッチンが炉端を消滅させ,高速道路が奥深い渓谷と険しい峠を人々の視野からかき消し,都市を囲んでいた農村がいまや都市に囲まれてしまった現代,かつて爺様婆様が,夜毎に孫たちに語った伝説もまた姿を消した。狐,河童,だいだらぼっち,小豆洗い,猫又・・・・・。それらはもう民俗学者が書いた本の中でしか見ることはできない。

 しかし伝説が,われわれの間からまったく消えたわけではない。夜の闇は消えても,人の心から闇が消えない限り,人は変わることなく伝説を産み続けるのではないだろうか。口裂け女,人面犬,タクシーから消える乗客,トイレの花子さん,ブティックで誘拐される女子大生・・・・・。これら「都市伝説」と呼ばれる伝説群は,けっして途絶えることなく,われわれの間で語り継がれていくのだろう。炉端の老婆の代わりに,テレビを通じて,ネットを通じて・・・・・。

 新宿・銀座・渋谷・六本木・浅草・・・・,東京を舞台にした幻想短編10編を集めた作品集です。「魔界都市」のはちゃめちゃも好きですが,こんな都市伝説風の幻想味豊かな菊地秀行もいいです。

97/02/18読了

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泡坂妻夫『毒薬の輪舞』講談社文庫 1993年

 下心と怠け心で病院の精神科にもぐり込んだ海方惣稔刑事と,退屈した海方に呼び出されて,入院するはめになった部下の小湊新介。ところが病院では飲み物への異物混入事件が続発。それも衆人環視の中,誰も異物を入れることができない状況で。誇大妄想に露出狂,拒食症に帰宅拒否症,そして誰も見たことのない202号室の患者,目の光る幽霊騒動と,異様な状況下で,毒殺事件が発生。「名」だか「迷」だかよくわからない「探偵」海方の推理の結果は?

 作者は奇術が得意で,造詣も深いそうです。奇術の基本のひとつは,左手でオーバーアクションをして,観客の注意を左手に集めているうちに,右手でタネを仕込む,という風に聞いたことがあります。この作品も,各章に出てくる毒物の講釈,患者の奇妙でユーモラスな振る舞い,海方と小湊のとぼけた会話など,いろいろなことがてんこ盛りで,「あれ,あれ」と読み進んでいるうちに,気がつくとクライマックスになだれ込みます。左手のオーバーアクションに気を取られているうちに,しっかり右手でタネ(伏線)を仕込んでいます。ここらへんは,作者のお家芸なのでしょう。

 種明かしの部分は,ちょっと苦しい部分もありますが,けっこう楽しめました。ただ,楽しめたのが,メインの謎である異物混入事件と毒殺事件の種明かしではなく,もうひとつ別の部分の種明かしであったのですが・・・・・。ネタばれになるので,詳しくは触れませんが,その種明かしは,一種,強烈な皮肉になっています。つまり,「おかしいのは私ですか? あなたですか? それとも世界ですか?」ということです。(ばれちゃったかな?)

97/02/19読了

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北村薫『秋の花』創元推理文庫 1997年

 「私と円紫師匠シリーズ」の3冊目,初の長編です。「私」の母校で起こった女生徒の墜落死事件の謎をめぐって,円紫師匠の推理が冴えます。

 北村薫の作品の魅力というのは,大きく分けてふたつあるのではないでしょうか。

 ひとつは本格推理としての魅力。中心的な謎があり,そこから派生するさまざまな小さな謎。この作品でいえば,誰も入ることができなかった屋上からの墜落死は自殺なのか,事故なのか,他殺なのか,というメインの謎とともに,焼かれたはずの教科書のコピー,死の直前に彼女がしていたという鉄パイプでの「チャンバラごっこ」,5人分の法被などなど,さまざまな謎が散りばめられています。それらの謎が円紫師匠の推理により,結びつけられ,再構成されて,真相が明らかになるという,本格推理としての魅力です。

 もうひとつは,うまい言葉が出てこないのですが,「謎と共振する世界」とでもいうのでしょうか。作者は,主人公である「私」の日常生活や心象風景を,手慣れた文章で描き出しています。もちろん本格推理である以上,それらの描写は,メインとなる「謎」の「伏線」として描かれる場合もありますが,それ以上に,「謎」とは直接的な関係はないけれど,「謎」の背後とか,背景として存在する「哀しみ」や「切なさ」といったものと,よく似た「色合い」(これもこなれてない言葉だな)をもつ日常生活でのエピソードが描かれているのではないでしょうか。たとえばトランポリンの話や『野菊の墓』の話は,突然の少女の死,というものがもつ不合理性や突発性の暗喩のような気がしますし,オートバイの同級生を巡るエピソードは,「立ち向かえることより,逃げ出すことができないことの方が多い」という,メインの謎に密接に関わり合う「哀しさ」のようなものと同じものを共有しています。「謎」とは因果関係はないけれど,「謎」のもつ「力」に共振する世界としての「私」の日常生活・・・・・。それが物語に膨らみを与え,読者に謎解き以上の感動を与えるのではないでしょうか?

 なにやらよくわからない文章になってしまいましたが,このふたつの魅力が,入り交じって,重層的に成り立っているのが,北村薫の作品なのではないでしょうか。(北村薫の感想文は書くのが難しい・・・・・,もう少し考えてから,再挑戦しましょう。今回はこの程度でお許しください)

97/02/20読了

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