平野夢明『SINKER 沈むもの』トクマノベルズ 1996年

 3人の幼女連続殺人犯・ジグを追うため,FBIでプロファイリングを身につけたキタガミは,手がかりを求めて,天才的殺人犯・プゾーに接触をはかる。プゾーの関心をひくため,キタガミが用意したのは,超能力者・ビトー。ビトーは,他人の心の中に「沈み」,自由に操る能力を持つ。そして被害者の幼女はいずれも被虐待児童であったという共通点にたどり着く。しかし,捜査は,警察内部の政争に巻き込まれ,思うように進まない。そしてジグの魔手は,ビトーの婚約者・ジジと,キタガミの孫娘・香奈に迫る。ビトーは,ジグの心の中に「沈む」ことを決意する。彼らは二人を救うことができるか・・

 『羊たちの沈黙』のヒット以来,流行りだしたプロファイリングもの,というかサイコキラーものというか。  しかしなあ・・・・。あえて○○○とはいわないけれど,あまりに『羊』との類似点が目につく。あんまり書くとネタばれになってしまうので書かないけれど,プゾーの設定はハンニバル・レクスターにそっくりだし,クライマックスシーンも,映画版の『羊』を髣髴させるからなあ・・・。
 目新しいところといえば,ビトーという超能力者の設定だろうけれど,その設定も生きているとは思えないし,鳴り物入りのプロファイリングも,あんまり描き込まれていない。ううううむ。

96/01/01読了

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若竹七海『ぼくのミステリな日常』創元推理文庫1996年

 建築会社の社内報に毎月送られてくる匿名作者によるミステリ短編。それぞれがコンパクトにまとまった好短編。1年間,12編の短編が掲載し終わったとき,編集者「若竹七海」は,作者に,ある推理をもって対面する。が,最後に出された真相は・・・

 わたし,こういった技巧的な作品,はっきり言って,好きです。寄せ木細工というのか,騙し絵というのか。ひとつひとつのピースがそれぞれ完結していて,それでいてそれらが組み合わさると,まったく違った「絵」が浮かび上がってくる。おまけにその「絵」は,見る角度によって姿形を変える。
 うまいようなあ。さりげなく挿入された一文が,きちんとした伏線になっていて。2本ほど挿入されたミステリと言うより,ホラーに近い作品が,全体を考える上で,うまい手がかりとなっている。おまけに最後に余韻までもたせるなんて。

97/01/01読了

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司凍季『首なし人魚伝説殺人事件』光文社文庫 1996年

 瀬戸内海に浮かぶ孤島「流島」の浜辺に流れ着いた女の首なし死体。しかしその女は同時刻,愛媛の松山のマンションで刺された姿が目撃されていた。45年前,同じ島ではやはり殺人事件が起こっており,こちらは首のみ発見され,胴体が発見されない「逆パターン」。さらに島には首なし人魚にまつわる残酷な伝説があった。次々と起こる首切り殺人。錯綜する人間関係。すべてが明かされたとき,犯人の悲しい人生が浮かび上がってきた。

 とまあ,横溝正史か火曜サスペンス劇場か,といった感じ。「驚愕の大トリック」なんて銘打ってあるけど,そんなにご大層なものじゃないよなあ。死亡時間推定をごまかすトリックもあまり説得力ないし・・・

 司凍季の作品はなんかいつもいまいち物足りないんだよな。

97/01/02読了

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真保裕一『震源』講談社文庫 1996年

  『ホワイトアウト』や『奪取』で人気急上昇中の真保裕一の作品をはじめて読む。 たしかにおもしろい。導入部でいくつもの伏線が散りばめられ,中心的ストーリーが進む過程で,つぎつぎに絡んでいく。内閣情報室の陰謀,それを探ろうとする各国のスパイたち。幾重にも隠された真相の奥底から出てきたものは・・・・。

 主要な舞台が鹿児島と福岡で,私にとってはどちらも馴染み深い土地だけに,描写から具体的な風景が目に浮かんでくる。まあもっともこれは個人的なことだから,どちらにも土地勘のない人には,今一かもしれない。でも不思議なもので,地方都市を舞台にすると,よくその都市の地図なんかが載っているのに,東京が舞台だと,めったに地図が載ることはない。はっきりいって,東京に行ったことはあっても,住んだことのない地方在住者には,赤坂見附や広尾やら,新宿2丁目やらの位置関係なんざわかりはしない。うがった見方をするならば,「東京をしらん奴が悪い!」みたいな感じで,あんまり好きじゃないんだよね。

 とまあ,これは田舎者の愚痴でしかないけれど,それはとにかく,ぐいぐいと読者を引きずり込む展開と描写力。複雑に入り組んだストーリーも,読者に混乱させることなく,読ませるところが力量なのだろう。たしかに売れるはずだなあ。

97/01/02読了

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太田忠司『月光亭事件』徳間文庫 1996年

 妻を騙す怪しげな導師の正体をあばいてほしい,という依頼に答えて,探偵・野上栄太郎と,少年探偵・狩野俊介は,豊川家へと赴く。が,その晩,豊川家の庭にある庵・月光亭で,密室殺人が起こる。おまけに死体は床に磔にされていた。野上と俊介は,密室殺人の真相を明かすため,捜査を始めるが,つづいて第二の殺人が・・・・。

 一種のファンタジーですな。少年探偵,物わかりのいい大人たち(容疑者たちのなんと素直なことか!),荒唐無稽なトリック。最終章が「驚くべき真相」なんていうタイトルをつけられているのを見て,なんか,すごい懐かしいものに出会ったような気がした。小学校時代にむさぼり読んでいた「少年探偵団シリーズ」を,思わず連想してしまった。

 太田忠司のミステリというと,「Jの少女たち」くらいしか読んだことないけれど,この人は,「会話」によるコミュニケーションにかなり信頼を置いているんじゃないかなあ,とストーリーとはまったく関係のない感想を持った。

97/01/03読了

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鈴木輝一郎『国書偽造』新潮文庫 1996年

 対馬藩の家老・柳川調興から出された突然の領地返還の申し出。しかしそれは対馬藩による国書偽造を暴露するきっかけにすぎなかった。幕府は震撼し,早急に調査を命じる。幕府の執権衆の前で繰り広げられる,柳川と対馬宗家との論争。最後の決着は家光にゆだねられる。

 戦国時代から江戸時代への変換期。冒頭で家康の「戦国の世は終わった」という宣言。しかしそれは,自らの力で,地位や財力を手につかんでいく時代の否定であった。「無能」な藩主の下で忸怩たる思いに捕らわれた柳川にとって,それは耐えられないことであった。だがそれは,幕府の支配システムの脅かすものでもあった。幕府支配の秩序を守ろうとする松平伊豆守信綱,戦国時代を生き抜き,江戸の平和の世を是とする最後の戦国武将・伊達政宗,多彩な人物像が縦横無尽に走り回り,最後の家光の裁定へと流れ込む。平和の中で乱世の夢を見たものの運命は・・・。

 人物設定や時代背景の描写が甘いようなところもあったけれど,けっこうぐいぐいとひきこまれ,おもしろかった。少なくとも,胸が悪くなるような処世訓を語ることが歴史小説だと勘違いしている二流作品ではないのはたしかだ。

97/01/04読了

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逢坂剛『幻の祭典』新潮文庫 1996年

 1936年,ナチスのベルリンオリンピックに対抗して,スペインのバルセロナで開催が計画されたもうひとつのオリンピック。それを取材するために訪れた日本のテレビクルー。物語はいくつかの流れが錯綜しながら進む。単に仕事ではなく個人的な思惑を秘めてスペインに渡る久留主誠,スペインでギターの修行を積む森村奈都子,新聞社の記者で,反オリンピックを掲げることから,右翼のスキンヘッドやネオナチの殺し屋からねらわれるマルセ,その母にして魅惑的なアリーザ。物語は,現在と半世紀前のバルセロナを舞台に進んでいく。

 登場する女性のなんとたくましいことか。単身,スペインに渡りギターの修行を積む森村奈都子,新聞記者のマルセ,妖艶で謎めいた魅力をたたえた,その母アリーザ。この小説の魅力の半分は,これらいずれも,自らの主張と硬い意志をもった女性たちだろう。
 「人民オリンピック」については,以前NHKスペシャルかなにかで見た記憶があるが,それを題材としつつ,バスクやカタロニヤ独立運動で揺れる現代のスペインの状況と重ね合わせながら進む物語は,サスペンスに満ち,迫力がある。ただ,意外な真相とはいえ,クライマックスはちょっと唐突のような気がして,残念。

97/01/06読了

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森博嗣『詩的私的ジャック』講談社ノベルズ 1997年

 犀川創平と西之園萌絵のシリーズ第4作である(といってもこの人に別のシリーズはないけれど)。 女子大のログハウスで発見された女子学生の死体。現場は密室で,被害者は衣服が脱がされ,絞殺されていたにも関わらず,腹部には切り傷がつけられている。つづいて同じく密室で第2の殺人,同じように腹部に傷が残される。警察はロックスター結城稔の歌詞と殺人現場との共通性に気づき,彼を追うが・・・・ 例によって萌絵が頭をつっこみ,犀川はしぶしぶ推理する,というパターン。 物語は淡々と進み,不可思議な事件は犀川の推理で,すべて明らかにされる。

 4作目にして,ストーリーテリングが板に付いてきたというか,慣れてきたというか,新鮮味を失ってきたというか(ちょっと酷かな?)。作者が書いた順番ではなく,『すべてがFになる』をデビュー作にした講談社の戦略を感じる。
 詳しくはふれないけれど,殺人の動機については,賛否両論があるんじゃないだろうか? リアリティがないと言う人もいるだろうし,コンピュータ社会的動機なんて,考える人もいるかもしれない。でも,現実化するかどうかはともかく,こういった思いって,けっこう,それなりに一般性があるんじゃないだろうか,とヨーシャーは思いました(読んでない人にはわけわからんやろうなあ,こんな書き方じゃ)。

 それにしても犀川と萌絵との「ラブロマンス」はこれからどうなるのかねえ。

97/01/12読了

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二階堂黎人『バラ迷宮 二階堂蘭子推理集』講談社ノベルズ 1997年

 「本格推理小説」の定義はいろいろあるかもしれないが,そのひとつとして「不可解な謎とその論理的解決」というのが挙げられるのではないだろうか。そのような意味で,この作品集は,たしかに,よくもわるくも「本格推理小説」といえよう。

「サーカスの怪人」
 「人間大砲」という,衆人環視のサーカスの曲芸の中で起こった,子供のバラバラ殺人事件。前半で,バラバラ死体が「どこから」出てきたかは見当がつくが,「どのようにして」そこに入れたかが問題となる。
「変装の家」
 いわゆる「雪の山荘」タイプの密室である。崖の上の家に他殺死体。周囲は降り積もる雪。殺人者が家から出ていった形跡はなく,にもかかわらず家の中には死体のみ。ちょっとアンフェアかな。
「喰顔鬼」
 静かな湖畔で連続して起こる顔のない殺人事件(『13日の金曜日』?)。ついた名前が「喰顔鬼」。一応,二階堂蘭子の推理が働くけれど,どちらかというとサスペンスに近い構成か。ただこの殺害方法で本当に殺せるのかなあ。
「ある蒐集家の死」
 恐喝を趣味とする男が殺される。その場にいあわせたのはいずれもその被害者。死者は,恐喝の被害者のひとりの名字をダイイングメッセージとして残す。しかし真相は・・・。途中でネタ割れしてしまう。いまいち。
「火炎の魔」
 病院の一室,鍵がかけられ,ガムテープで目張りされた密室の中で女性が突然炎に包まれ焼死する。それは巧妙に仕組まれた殺人であった。おどろおどろしい伝説,いわゆる超自然現象への言及,作者お得意の舞台設定である。
「薔薇の家の殺人」
 この作品集では,一番本格らしい本格であった。これ以外の作品が,上の本格推理小説の定義の前半部分(「不可解な謎」)が強調されているのに対し,この作品はむしろ後半部分(「論理的な解決」)に重点が置かれている。さまざまな可能性が検討され,そのうち一見単純で,そのくせ盲点となるようなトリックで殺人が行われる。この作品集では,変に奇をてらわないで一番おもしろく読めた。

 二階堂黎人の作品はそれなりに楽しめるのだが,蘭子があまりに「名探偵」すぎて,興ざめしてしまうところが,難点。

97/01/15読了

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皆川博子『骨笛』集英社文庫 1997年

 8編から鳴る連作短編集。
 子供のような大人と大人のような子供,生者のような死者と死者のような生者,現在のような過去と過去のような現在。生と死,過去と現在,大人と子供,現実と夢,男と女。あらゆる境界が溶け合い,混じり合い,読むものに不可思議で心地よい,それでいてちょっと不安の混じり込んだ酩酊感を与える。また物語の構成も,前5編(「沼猫」「月ノ光」「夢の雫」「溶ける薔薇」「冬薔薇」)までは,それぞれが独立しているような気配があるものの,後3編(「噴水」「夢の黄昏」「骨笛」)になると,各編の登場人物たちが出会い,別れ,最後に不思議な余韻を残す。

 なんとも奇妙な小説だが,気に入っている。

97/01/21読了

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新津きよみ『女友達』角川ホラー文庫 1996年

 ふとしたことで知り合った,インテリア・コーディネーターの今村千鶴と美容師の重松亮子。性格も趣味も異なるふたりは,それぞれの思惑で友達づきあいを始める。しかし3ヶ月のニューヨーク研修から帰ってきた千鶴を待っていたのは,大柄でもっさりした姿から,華麗に変身した亮子だった。一方,刺殺され,左手の薬指を切断された殺人事件を追う刑事・西岡と津本は,重松亮子が被害者と面識あるにも関わらず,知らないと嘘をついていたことを知り,彼女の過去を洗う。嘘に嘘が重ねられ,じょじょに壊れていく友達としての関係と亮子の心。亮子の過去が明らかになるとき,千鶴を待ち受けていたものは・・・・・・・。

 女性作家(マンガ家も含めて)が描くホラーというのは,なんとも息苦しい(といっても,「息苦しい」という評価は,ホラーの場合,けっしてけなし言葉ではありませんので,念のため)。登場人物を容赦なく追い込んでいくところとか,人間の心の弱さみたいのを,力一杯えぐりとるような描写とか。本編でも,主人公・千鶴の屈折した思いや,亮子の崩れゆく心理,また千鶴のかつての恋人・智樹のなんとも優柔不断な振る舞い方など,これでもか,という感じで描いている。読んでいて思わず腰が引けてしまうのは,私が女性に幻想を持っているからでしょうか?

 ただ難を言えば,心理描写や状況説明が,登場人物の語るせりふに頼りすぎているような気がする。ちょっと,普通の会話ではでてこないようなせりふが多いし,自分の心理状態を説明するのに,あまりに「自分自身をわかりすぎている」みたいな感じがして,いまいちリアリティがない。サイコ・サスペンスであれば,むしろ自分でさえ気づいていない「心の闇」のようなものがあったほうが,おもしろいような気がする(まあ,それは人それぞれだから,何とも言えないけれど).
 それでも,物語のテンポはよく,一気に読めた。

97/01/24読了

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西澤保彦『死者は黄泉が得る』講談社ノベルズ 1997年

 物語は「死後」と「生前」というふたつの異なる舞台で進行する。「死後」では,死者が蘇るという不可思議な設定。巧妙に世間の目から隠された屋敷の中で,訪れるものを殺し,SUBREとMESSという機械で死者を蘇らせ,記憶を「リセット」する女性たち。「だれがこの屋敷を,この機械を創ったのか」。「死後」では,最初にその問いが出される。一方,「生前」の世界では,殺人事件が起こり,錯綜する人間関係のなかで,つぎつぎと登場人物が殺されていく。犯人は誰か。ふたつの世界が交錯するとき,真相が明らかにされる。

 じつは買ってから,「あ,あの西澤保彦だ」と気づき,ちょっと後悔した。西澤保彦の小説というと,『解体諸因』と『麦酒の家の冒険』しか読んでいないが,わたしはひそかにこの2冊を「妄想型推理小説」と呼んでいる。よく言えば「純粋論理の推理小説」なのだが,悪く言えば,「探偵役の妄想のみで成り立つ推理小説」ともいえなくもない。それなりにおもしろくも読めるのだが,なんかいま一歩,楽しめなかった記憶がある。だから一緒に買った『詩的私的ジャック』はその日のうちに読んだのに,こっちは10日間ばかりほうってあった。その間,3冊も別の小説を読んだにもかかわらず。
 あちこちのホームページで,けっこうこの小説が取り上げられているのを見て(感想の内容は読んでいない),「じゃあ,読んでみるか」ということで読んだ,というのが実状。

 で,感想はというと,やっぱりそれなりに楽しめた。とくに「死後」の方の結末は,「あ,そうか,なるほど」という感じで,感心した。が,「生前」の方の結末は,「ううむ」で,『解体』や『麦酒』と同じような手触りを感じた。「生前」の方も,けっこうサスペンスフルな展開なのだから,もう少し書きようがあるんじゃないかな。なまじ「死後」の方がトリッキーだけに,惜しまれる。最後のシーンも強引だし,ちょっと疑問が残った。

97/01/25読了

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ジョン・ダニング『死の蔵書』ハヤカワ文庫 1996年

 「古本の掘り出し屋」ボビーが殺される。古書マニアの刑事クリフォード・ジェーンウェイは,連続浮浪者殺人事件のひとつとして捜査を始めるが,どうも様子が違うらしい。そして謎の美人古書店経営者リタ・マッキンリーの影。浮浪者まがいの掘り出し屋が,なぜ高価な稀覯本しか扱わないリタと関係しているのか。そしてボビーが殺される直前にしたという奇妙な仕事。古書をめぐって錯綜する欲望と人間関係。

 本を読むのが好きで,日頃から読み散らかしているが,ハードカヴァーよりも手軽なー文字通り,片手でも軽々持てるー文庫や新書ばかり読んでいる人間としては,初版本だの美本だのに執着する,このような世界は,「まあそんな人もいるだろうなあ」くらいで,いまいちピンとこない。おもしろければ,それこそ「駄本」で十分なのだ,私にとっては。

 この作品は97年版の『このミス』で海外部門1位だそうだ。舞台設定が異色で,その点ではおもしろく読めたが,だからといって「すごい!!」と声を大にしていうほどのものでもなかった。なにより主人公に魅力を感じない。なんかだらだら屁理屈ばかりこねているようで,そのくせ妙に粗野をきどっていて。とくにリタを口説く会話の部分は,退屈だった。最初は「こんな刑事もめずらしいな」と思っていたが,案の定・・。それとおそらく上に書いたような,初版本やら美本やらを追い求める情熱に,基本的になじめない感覚が「素直な読書」を邪魔しているのかもしれない。ただ最後のトリックの種明かしは,ピリッとまとまっていて好感が持てた。

97/01/26読了

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逢坂剛『百舌の叫ぶ夜』集英社文庫 1990年

 新宿で起きた爆弾事件。それに巻き込まれた死亡したのは警視庁公安部の刑事・倉木の妻だった。倉木は捜査からはずされるが,単独,爆弾事件の真相を追う。警視庁捜査一課の大杉もまた,倉木に反発を感じながらも,協力して捜査を続ける。一方,爆弾事件に深く関わる豊明興業は,殺し屋・新谷和彦を能登の断崖から突き落とすが,男は記憶不明になって戻ってきた。記憶喪失の新谷は,血眼になって追ってくる豊明興業から逃げつつ,自らの過去を追う。そして1ヶ月後に迫った南米の軍事政権・サルドニアの大統領エチェバリアの来日。捜査の過程で浮かび上がる新谷の妹の影。公安警察の暗部。そして百舌とはいったい何者なのか。入り組んだ謎が解き明かされるとき,百舌の刃が光る。

 「百舌は奥歯を噛み締めた」という一文で物語は始まります。そしてプロローグで描かれる3つの光景。百舌がターゲットを狙うところから,爆弾の破裂へ,というシーン,新谷和彦が能登の断崖から突き落とされるシーン,そして画面に映ったゲリラによる捕虜の処刑シーンとそれを見つめ涙する男。いやあ,この最初の一文と,3つの光景,はっきり言ってこの部分を立ち読みして,わたし,この本買ってしまいました(笑)。最初から「グイッ」と胸ぐらを捕まれ,一気に物語世界へと引きずり込まれます。あとは少しずつ少しずつ解けていく謎とともに,終局まで突き進みます。おまけに単なる「ジェットコースター」的展開だけでなく,「百舌」とは誰か,というメインの謎がつねに問われているようで,なかなか気が抜けません。「百舌」の正体がわかったとき,うすらうすら見当をつけていたのですが,思わず「おおっ」と感心しました。

 最近『よみがえる百舌』というのが出たらしいが,この続きなのだろうか? そちらも読んでみたい。

97/01/26読了

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菊地秀行『魔界医師メフィスト 魔女医シビウ』角川文庫 1997年

 <魔震>に襲われた新宿は,既存の秩序がすべて崩壊し,人ならざる妖物と,それ以上に邪悪な人間たちが蠢く<魔界都市>へと変貌を遂げた。その魔界都市に建つ病院の院長,白いケープに身を包み,超絶の美貌と,人ならざる医療技術を持つ医師メフィスト。彼に敵するものは,すべて破滅への道を歩む。今回の敵は,ドクター・ファウストのもとで,ともに学んだ「兄弟子」にして,死人さえも蘇らせることができる魔女医シビウ。無敵の魔界医師もついに敗北せざるをえないのか・・・

 あいかわらずの破茶目茶な設定で,奇想天外な化け物や武器,妖術が縦横無尽に駆使されます。おまけになんとも大時代的な文章。けっこう好きなんです,こういったなんでもありの世界。だから新刊(文庫だけど)がでると,つい買ってしまうんです。今回は,魔女医シビウとの「魔界医師戦争,勃発」。前哨戦では,弾丸は飛び交うわ,死人は蘇るわ,ホムンクルスは出るわで,クライマックスでは,メフィストとシビウが,わけのわからん奇病を,わけのわからん医術でなおします。で,お約束のエロチックなシーン。もうこうなったら,どこまで行くのか,しっかり後先を見守っていきたいと思います。

97/01/28読了

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北村薫『冬のオペラ』中央公論社Cノベルズ 1996年

 「<<名探偵>>というのは,行為や結果ではないのですか」
 巫弓彦は,背筋を伸ばしたまま答えた。
 「いや,存在であり意志です」         (「三角の水」より)

 いっさいの一般探偵業を行わず,人知を超えた難事件のみを対象とする「名探偵」巫(かんなぎ)弓彦と,その「記録者」を志願した姫宮あゆみ。2人が出会う3つの事件。「三角の水」では,不可解な発火事件と大学研究室からの研究成果漏洩事件,「蘭と韋駄天」では,蘭の盗難事件とアリバイ崩し,表題作「冬のオペラ」では,冬の京都を舞台に,大学で起こる密室殺人。名探偵・巫弓彦の「真実を見えてしまう目」が,事件の哀しい真相を明らかにする。

 北村薫は,『空飛ぶ馬』をはじめて読んで以来,すっかりファンになってしまいました。それ以来,文庫や新書が出るたびに買って,読んでいます(あんまり単行本は買わないので話題の『スキップ』は読んでません)。平凡な日常の中に潜む小さな謎から解き明かされる人間模様。「本格推理」が,おどろおどろしい舞台設定や,一見不可解な殺人を描かなくても,十分成立しうるのだという,あたりまえといばあたりまえのことを,改めて気づかされた気がしました。
 ただ正直な話,この短編集のうち前2編は,ちょっと不満が残りました。「三角の水」のトリックは,文系出身の私でも知っていたことなので,巫の説明には,ちょっと強弁のような気がしないでもないです。「蘭と韋駄天」のほうは,例によって地方在住者の読者にとっては,ちょっと不親切かな,という感じです(『震源』の項参照)。ただ「冬のオペラ」はおもしろかった。不可解な謎が,最後に巫弓彦によって,すっきりと解決されるシーンは,きれいな冬の京都の描写にマッチして,なかなか情緒がありました。前の2編も,トリック的には不満がありますが,やはり手慣れた筆力で描かれる世界には,あいかわらずぐっと引き込まれました。

 ただ気のせいか,読んでいて,北村薫をよんでいるのか,宮部みゆきを読んでいるのか,ちょっと混乱した印象を受けました。文体や人物設定が似ているんですかね。あ,主人公の「姫宮あゆみ」と「宮部みゆき」の名前が似ているせいかな? 宮部さんは「姫」って呼ばれているし,作家になる前,どこかの会社で事務の仕事をしていたと聞くし,主人公も小説を書くような伏線もあるし・・・,まさか「姫宮あゆみ」は宮部みゆきがモデル?(わあああ,北村ファンと宮部ファンから抗議が来そうだ・・・・。ご容赦を(^^;)

97/01/31読了

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宮部みゆき『淋しい狩人』新潮文庫 1997年

 東京下町の古本屋の店主・岩永幸吉,通称イワさんと,「たった一人の不出来な孫」・稔が出会う,本にまつわるミステリアスな出来事と事件を描く6編の短編集です。各作品で,それぞれ魅力的な謎が提示されています。「六月は名ばかりの月」では,梱包されていたはずの本の表紙のいたずら書き。「黙って逝った」では,死んだ父親の部屋に残された300冊以上の同じ本,「歪んだ鏡」では,電車に残された文庫に挟まれていた名刺,などなど。もちろんそれらの謎というか,「不思議」は,それぞれに謎解きされるわけですが,宮部みゆきの小説の場合,謎解きそのものが目的ではなく,むしろその過程で明らかにされる人間模様というか,人間の心を描くことに重点が置かれるようです(などと,今さら私がいうまでもありませんが)。

 宮部作品を読んでいていつも感じるのは,この作家が「成熟」とか「大人であること」を,きっちりと評価しようとしているな,ということです。いつの間にかこの国では,「若さ」や「パワー」とかが,唯一の,とはいわないまでも,かなり強調されるようになってしまったようです。学生のようなサラリーマンがドラマの主人公になり,奇妙なほど楽天的な歌がヒットし,アマチュアリズムと未熟さを勘違いしたタレントが人気を得ています。たしかに「成熟」「大人」がマイナスイメージでとらえられる側面が全くないとはいいませんが,いまの様子は,それを積極的に拒絶するのではなく,むしろ敬遠し,無視することのみに終始しているような気がしてなりません。宮部作品は,そんな「成熟」や「大人になる」ということの意味を,けっして説教臭いにおいを漂わせることなく,描いているように思います。(おのれが年くっただけじゃい! といわれればそれまでですが)

 ちなみに私はこの作品集の中で「歪んだ鏡」が一番好きです。

97/01/31読了

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