石川賢『虚無戦記』1・2巻 双葉文庫 2002年

 儒生暦14276,惑星ラグラとその周辺で繰り広げられる壮絶な戦い…それがすべての根源だった。その戦いは,時間を超え,空間を超え,次元さえも超え,さまざまな“世界”へと波及する。たとえば江戸時代初期の日本に…たとえば復讐の念に燃えるひとりの運命に…いま,全銀河の存亡を賭けた壮大な戦いが,その幕を開こうとしている…

 この作者の作品には,「神vs魔」というモチーフが,何度となく繰り返し取り上げられています。それもけっして「神=善」「魔=悪」という図式ではなく,むしろ「魔」の側に立った「神への戦い」という形をとります。『魔獣戦線』しかり,『聖魔伝』しかり…おそらくそれは,この作者の師匠筋にあたり,『魔王ダンテ』『デビルマン』といった佳作をものした永井豪の影響が色濃く出ているせいでしょう。
 しかし,そんな「神vs魔」というモチーフを描きつつ,大風呂敷を広げるだけ広げておいて,きちんと「畳んでいない」作品が,この作者にはいくつかあります。そのひとつが,江戸時代初期を舞台に,超能力集団九龍一族真田十勇士との戦いを描いた『虚無戦史MIROKU』であり,また,家族を惨殺された男が,その執念から身につけた超能力を武器に復讐を挑む『5000光年の虎』です。『MIROKU』は,一応,ひとつの「物語」として完結しながらも,より壮大なシチュエーションへの展開を匂わせて幕を閉じますし,『虎』もまた復讐の相手の背後に「神の軍団」の存在がちらつき,それに対する戦いがはじまるところでエンディングを迎えてしまいます。
 この作品は,そんな『MIROKU』と『虎』という,ふたつの「畳めなかった大風呂敷」に落とし前をつける作品として構想,執筆されたものといえましょう。それゆえ,このふたつのストーリィが交互に描かれながら,その間に,両者を繋ぐと思われる銀河の戦いが挿入されるという体裁をとります(もっとも,その「つなぎ」のために,それぞれのストーリィには,オリジナルとはやや異なるエピソードや描写が書き加えられていますが…)。ですから今のところは,すでに既読の作品を読み返すといった感じが強く,これからこのふたつのストーリィがどのように交錯,融合するのかを楽しみにしている段階です。

 ただ驚いたのが,あまり関係のないと思っていたふたつの短編が,この作品に挿入され,どうやら『MIROKU』のストーリィに絡まることです。
 そのひとつは「新羅生門」芥川龍之介の有名な短編「羅生門」をベースにしながらも,思いっきり換骨奪胎して,平安京に侵入しようとする魔物と陰陽師・羅波党との戦いを描いた短編です。もうひとつは「忍法・本能寺 果心居士の妖術」本能寺の変の背後に,妖術師果心居士が暗躍し,さらにその裏にはイエズス会の意図があった,という伝奇テイストの作品です(ちなみに両作品はリイド社SPコミック『新羅生門』に収録されていて,そこには芥川の「羅生門」「トロッコ」をマンガ化した作品も入っています)。
 たしかにオリジナルの「新羅生門」の方は,ラストで「これより未来永劫,人類と異空間との戦い,魔空羅王戦の火ぶたは切っておとされたのである!!」というナレーションが入って,「畳めなかった大風呂敷」のひとつらしい気配はあるのですが,「果心居士」は,むしろすっきりとした短編としてまとまっており,個人的には独立短編としてけっこう好きな作品だったのです。それが「より大きい物語」のワン・ピースとして挿入されているのは意外でした。どうやら,この羅波党と果心居士は同一グループらしく,九龍一族の動きを追っている気配。さてどんな風に絡んでくるのか,このあたりも今後の楽しみのひとつですね。

 いずれにしろ,この作品,1・2巻でけっこうヴォリュームがあるとはいえ,ふたつの長編にプラス・アルファをして,1本の作品にする以上,まだまだほんのプロローグといったところでしょう。今度こそ「大風呂敷」をきっちりと「畳んで」いただいて,決着をつけてもらいたいところです。
 それにしても『魔獣戦線』とは,つながらないのかなぁ…やっぱり設定があまりに違いすぎるのだろうか?…などと思っていたら,『チャンピオンレッド』というマンガ誌で,『真説 魔獣戦線』というのが連載を始めるらしいです。こっちはこっちで「落とし前」つけるのかな?

02/07/25

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