JET『綺譚倶楽部 [ネムキ編]』1巻 朝日ソノラマ 1998年

 まずはなにより,
祝! 金大中小介&久我雅夢 復活!!
であります。

 頃は大正末,新聞社『綺譚倶楽部』の記者,金大中小介と久我雅夢が出会う怪異猟奇な事件を描いたこのシリーズは,徳間書店の「アニメージュ・コミック」から,朝日ソノラマの「ハロウィン少女コミック」へ,そしてこのたび新たに「眠れぬ夜の奇妙な話コミック」へと,さながらサイバラの『鳥頭紀行』のごとく,流浪を続けている(笑)シリーズです。なお設定,これまでのあらすじは,「お気に入りのコミック」『綺譚倶楽部』をお読みください。

 さて本書には,「怪談・雨女」「うさぎ月夜」「虚な男」というショート・ストーリィと,「笑い女」「地図にない海」「待ち人来たらず」の短編,各3編計6編を収録しています。
 ショート・ストーリィ3編のうち,わたしが一番楽しめたのが「うさぎ月夜」。小介が入った見知らぬ小さなバー,そこには異国人のようなバーテン。彼が“月の石”に酒をふりかけると・・・,というお話。『倫敦魔魍街』「セシル・コート9番地」を思わせる設定で,おまけにバーテンの姿形がモリーアティそっくり。わたしは「ありゃ? 『倫敦魔魍街』とのニアミス作品かな?」としっかり思ってしまいました(笑)。酒をふりかけられた“月の石”が花のような形の結晶を咲かせるところが,幻想的でいいですね。

 ところで主人公のひとり・久我雅夢,どうやら「人ならざるもの」らしいのですが,ついにその出生の秘密の一端が明らかにされるのが,「笑い女」であります。顔面に「狂いながら泣き笑い」といった表情を張り付かせた女の惨殺死体。死体の発見された蔵から,名人・七代目当麻清十郎が作った雛人形が姿を消したという。そして当の清十郎もまた惨殺され,その死体からは一枚の写真。そこには「久我侯爵令嬢真璃子」の名がしたためられ・・・,というエピソード。
 この「真璃子嬢」,雅夢の母親のようです。「世間知らずのお嬢様が,ある日両親が気づいた時には,孕んだ揚げ句に気がふれていた」,そして生まれたのが「毎日殺しても死なない化け物」雅夢というわけです。そうなると当然気になるのが「孕ませた相手」です。雅夢のような「人ならざるもの」が生まれた以上,その父親もまた異形のものの可能性があるわけです。では雅夢が探しているのは・・・,と想像したくなってしまうわけです。シリーズの最初にふられたネタに関わるエピソードがようやっと出てきたという感じですね。いや,長かった(笑)。もしかすると雅夢の「父親」の顔は山羊なのかもしれません・・・。

 「地図にない海」には,以前「哭き蛇」にも出てきた女優・英やえ子が再登場。彼女の母親を描いた絵を探しほしいと小介が依頼されるというお話。ひとりの男をめぐるふたりの女の愛憎を描いています。みずからの髪の毛で縄を作り,それで縛って封印するという発想がむちゃくちゃ怖いですね。
 「待ち人来たらず」もまた一枚の絵をめぐるエピソードです。4人の人物が荒々しい白馬のような波を描いた絵について語るという体裁の作品ですが,それぞれに「話」が微妙に違っている。どれが真実で,どれが嘘なのか? それとも,どれもが真実で,同時にどれもが嘘なのか? 芥川龍之介の「藪の中」を思わせるような作品です。こういったひとつの対象を複数の人物がそれぞれに語る,という形の話というのは,個人的にはけっこう好きですが,もう少しわかりやすく描いてほしかったですね(笑)。

98/08/01

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