中井紀夫ほか『こわい話をしてあげる』角川ホラー文庫 1993年

 ホラー畑ではない4人の作家によるホラー・アンソロジィです(「ホラー畑」というのがあるのかどうか知りませんが(笑))。とくに中井作品,黒崎作品は出色の出来で,この2作品については「\(^o^)\」ではないかと思います。

中井紀夫「獣がいる」
 神経性の下痢で登校さえもできなくなってしまった卓磨のもとに,友人の美郎が“羊”をくれた。これを飼えば大丈夫だからと…
 以前読んだ,この作者の『山の上の交響楽』は,透明感のあるせつない雰囲気に満ちた短編集でしたが,この作品は180度正反対の感触を持った作品です。思春期にある主人公の心理をとにかく執拗に,「これでもか」というくらいに粘液質に描き出していきます。冒頭で,主人公が秋のプールを眺めながら,「500個の肉体から分泌されたあらゆるものが水の中に混じりあっている」と想像するところから,この作品の持つ息苦しくなるような雰囲気が伝わってきます。さらにそこに父親の浮気,母親の主人公に対する近親相姦的な感情などが絡んできて,いやがうえにも圧迫感が高まります。そして不気味な“羊”の狂暴化・・・。ネタ的にはときおり見かけるものではありますが,全編緊張感に満ち,またラストもひねりが効いていて,本作品集では一番楽しめました。
黒崎緑「熱風」
 妻子をタイに1週間呼び寄せた,単身赴任中の渋沢は,口をきかない息子を見て確信する。「こいつは俺を憎んでいる」と…
 口をきかない息子,彼を甘やかすような母親,ふたりに苛立つ父親,この作品も,三者の間のあやうい関係が緊張感たっぷりに描かれています。とくに父親が,口をきかない息子の「声」をコンピュータ・ゲームの電子音「ピコ,ピコ,ピコ」と「聞く」ところは,彼の苛立ちを巧く表現しており,緊張感を高めています。そしてそれが最後でカタストロフを迎え…,というところは,この手のサイコ・サスペンスではお約束ですが,そのカタストロフの先に明かされる真相は,それまでのすべてを反転させる,じつに不気味で,狂おしいものです。そのツイストの見事さには思わずうなってしまいました。
石塚京介「症候群」
 どんより曇ったある朝,番場は会社と反対方向の列車に飛び乗る。そこで彼を待っていたものは…
 仕事に行きたくなくて,ふと反対方向の列車に乗ってしまう――おそらくしばしば見受けられる光景を,グロテスクに拡大した作品です。ホラーというより,ブラックな不条理劇といった感じで,この作品集ではちょっと異色です。ラストの「さあ,おれたちもいこうか」というセリフが,なんだかやるせないです。
結城真子「優しい友人」
 新しくルームメイトになった清水志門は,内省的で繊細で,そして繊細すぎるゆえに…
 しだいしだいに壊れていく少年の姿が痛々しいです。ストーリィ的には,もうひとひねりほしいところではありますが,語り手を“僕”という同級生に設定することで,志門に対する反発心や同情心,恐怖,哀しさなどを効果的に表現していて,飽きることなく楽しめました。それと「人間には精神のアキレス腱がある」という主人公のセリフは,サイコ・ホラーの本質を語っているようにも思えます。サイコ・ホラーというのは,その「アキレス腱」が切れた時,切れた人,切れた場面を描くのではないのでしょうか?

98/06/15読了

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