岡本綺堂『鷲(わし)』光文社文庫 1990年

 10編を収録した短編集です。

「鷲(わし)」
 将軍家の鷹場に飛来する鷲“羽田の尾白”を撃ち落とすべく,御鉄砲方の和田弥太郎は引き金を引くが…
 子どもが鷲(あるいは鷹)に攫われる,という綺譚は,古くは『今昔物語』までさかのぼりますが,それをベースにしながら,因縁譚,怪異譚に仕立て上げています。それとともに,キャラクタや人間関係を上手に設定・配置して,巧みにストーリィを展開させているところは,さすがに手慣れたものですね。
「兜」
 関東大震災直後に邦原家に届けられた兜には,不可思議な因縁が…
 『怪奇・伝奇時代小説選集15』に収録されていた作品で既読。今回読み返してみて,たしかに怪談なのですが,今の目から見るとSF的な展開も可能な作品だと思いましたね。時空を超えて,兜を邦原家に返し続ける女,といった具合に…
「鰻に呪われた男」
 『岡本綺堂集 青蛙堂鬼談』収録作品です。感想文はそちらに。
「怪獣」
 旧家の姉妹が,突然,淫乱になった理由とは…
 読み終わって,なんだか現在の都市伝説を思い出しました。たとえば「メキシンカン・ペット」などでは,いわば“外側”から来たものに対する偏見まじりの視線が描かれていますが,本編における「琉球」や「朝鮮」には,似たような手触りを感じます。
「深見夫人の死」
 理由不明のまま自殺した深見夫人。その死には“蛇”の影がちらつき…
 蛇をめぐる奇怪な出来事,兄妹の不可解な確執,曰くありげな伝承などなど,因果話に構成できる内容ながら,けっしてそれをせず,ぎりぎりのところで踏みとどまって「不吉な雰囲気」のみを浮かび上がらせているところは,まさにこの作者の十八番といえましょう。蛇が汽車に乗って移動する,というところは,民話の近代的メタモルフォーゼという感じですね。
「雪女」
 商用で満州を旅する男は,“雪の姑娘(クーニャン)”に出会う…
 「中国版雪女」です。ともに人間を取り殺すという点では共通するものの,日本の雪女が妖怪,つまり「自然の精霊」であるのに対し,こちらは,ある特定の女の恨みであり,男ではなく女を殺す,というところが中国風なのかもしれません。吹雪の中に娘が消えていくシーンは,映像にしたら綺麗でしょうね。
「マレー俳優の死」
 人気の高かったマレーシア俳優の失踪の真相は…
 一種の「南洋綺譚」といった趣の作品。こういった「墓の中の財宝,帰らない盗掘者」というお話もまた,きっと世界各地に残されているのかもしれません。地中深く,数世代にもわたって,財宝を護る無数の毒蛇というイメージは怖いです。
「麻畑の一夜」
 フィリピンの孤島で,男は,麻畑の奇怪な連続失踪事件の話を聞き…
 不可思議な現象の解釈はいくらでもできます。しかしそれは,自分たちにとって都合のいい,耳あたりのいい解釈が選ばれることが往々にしてあります。そして同時に,いかなる解釈でも,それだけではすくい取れない,指の間から漏れる水のようなもの−それが怪異なのでしょう(『岡本綺堂集』収録作品)。
「経帷子の秘密」
 偶然,助けてあげた老婆の忘れ物…それは白い経帷子だった…
 本当は途切れているのに,目の錯覚で,線がつながっているように見える,という「絵」があります(心理学か何かの本で見たような)。つながっていない部分に「線」を見ているのは,目ではなく「心」です。本編に出てくる3つのエピソード−老婆の忘れた経帷子,主人公の嫁ぎ先を呪った老婆,主人公の自刃と息子の成長,それらは「つながって」いません。しかしそこに「つながり」を見てしまうのは読者の「心」であり,そう仕向けているのは作者なのでしょう(『岡本綺堂集』収録作品)。
「くろん坊」
 大垣から越前へと抜ける山中,男はひとりの若い僧に出会う…
 民話などに見られる「異類婚姻譚」をベースとしながら,そこに「笑う髑髏」という,これまた怪談では常見される素材を上手に絡み合わせて,もの悲しくも凄絶なストーリィを紡ぎ出しています。主人公が夜中に聞く「笑い声」の描写,その笑い声で気を狂わせていく家族の描写が迫力ありますね。余情あふれる最後の一文もグッド。

02/06/02読了

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