日下三蔵編『海野十三集 三人の双生児 怪奇探偵小説傑作選5』ちくま文庫 2001年

 「怪奇探偵小説傑作選」の最終巻です。「日本SFの元祖」と呼ばれるこの作家さんだけに,「怪奇」といっても一味違います。
 「科学」と「ミステリ」とは密接な関係があるように思います。そのうち,「合理性」を求める方向性は,科学と,とくに本格ミステリとに共通するものでしょう。しかしその一方で,科学がさまざまな殺人兵器を生み出したことも事実です。「合理性」を科学の「光」とするならば,こちらは科学の「闇」の部分と言えましょう。そしてミステリはしばしばその「闇」の部分を取り込みます。この作者は,科学の「闇」の面との結びつきを強調している作品が多いですが,その一方で,合理性の象徴とも言うべき名探偵帆村荘六をも創造しています。つまり科学の「光」と「闇」,その両者を描くことがこの作者の作風と言えるのかもしれません。
 気に入った作品についてコメントします。

「恐ろしき通夜」
 夜を徹した実験の合間,3人の男たちは,人には話せない話を語り合い…
 暇つぶしの暴露話風にはじまった物語が,しだいしだいに不穏な空気に満ちていき,ラストでグロテスクの極みへと高まっていく展開は,すさまじい迫力があります。
「振動魔」
 愛人の妊娠を知った男は,恐るべき犯罪をたくらみ…
 おぞましくも,なんとも意表をつく奇想を元にしながらも,それだけでなく,そこからひとひねり,もうひとひねりと話を転がしていくところが良いですね。
「爬虫館事件」
 謎の失踪を遂げた動物園園長の捜索を依頼された帆村探偵は…
 本書の最初に収録されている「電気風呂の怪死事件」もそうなのですが,冒頭から次から次へと数々の謎が提出されるところは,本編においても,物語にほどよいテンポを与えています。真相はこの作者らしい突飛なもので,楽しめます。
「赤外線男」
 深谷博士が発見した謎の「赤外線男」が,つぎつぎと犯罪を繰り返し…
 上記「振動魔」もそうですが,この作者の作品の魅力は,SF的奇想を中心にしながらも,それに寄りかかることなく,それにミステリ的ツイストを加えている点にあると思います。ミステリとしてはやや雑駁な点もありますが(たとえば冒頭に提示された謎の謎解きなど),この作者の持ち味がよく出ていると思います。
「俘囚」
 愛人のために,夫を井戸に突き落として殺した“あたし”は…
 青年誌に掲載された高橋葉介の作品のような,グロテスクでいながら,それでいて陰惨さが抜け落ちたような作品です。帆村探偵は登場しますが,語り手を“あたし”にすることで,おぞましいラストを上手にまとめています。
「人間灰」
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「蠅」
 タイトルにあるように「蠅」をテーマとした,7編よりなるオムニバスです。うち「タンガニカの蠅」「宇宙線」「ロボット蠅」「蠅に喰われる」は,のちの特撮SFものを彷彿とさせるアイディアが楽しめます。とくに「蠅に喰われる」はアイロニカルなラストに苦笑させられます。またひねりの効いたオチの「雨の日の蠅」もいいですね。
「不思議なる空間断層」
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01/07/06読了

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