スティーヴン・キング『トウモロコシ畑の子供たち』扶桑社ミステリー 1988年

 「たった一つの文章が十分な意味を持つことがある。十分な役割を果たすことがあるのだ」(本書「死のスワンダイヴ」より)

 10編を収録した短編集です。オリジナルは“Night Shift”と題され,翻訳版『深夜勤務』と合わせて1冊で刊行されています。

「超高層ビルの恐怖」
 恋人を守るため,彼女の夫から,ある“賭け”を提案された“私”は…
 アルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス映画『ロープ』を彷彿させるような,緊迫感に満ちあふれた作品です。とくに高所恐怖症気味のあるわたしのような人間にとっては,たまりません。最後の主人公の激情に,読者を上手にシンクロさせる展開が巧いですね。
「芝刈り機の男」
 ハロルドは,裏庭の芝を刈るために,アルバイトを頼むが…
 この作品の「恐怖」の核心はふたつあると思います。ひとつは「芝刈り機」の暴力性,物語の冒頭で示された,芝刈り機に“殺された”猫のエピソードが肥大化していく恐怖です。もうひとつは,「芝刈り」という日常性が,カルト的な不気味さへと転換していく恐怖。それは「見知らぬ隣人」に近い恐怖でしょう。
「禁煙挫折者救済有限会社」
 ヘヴィ・スモーカーのモリスンが,友人から紹介された「禁煙挫折者救済有限会社」とは…
 自分自身に対する拷問ならば,どんな過酷なものにも耐えられるが,自分のために愛する者,あるいは罪なき者が苦しめられるのは耐えられない,そんなシチュエーションのスパイものって,ありますよね。それを「禁煙」という日常の中に取り込むことで,異形の世界を作り出しています。愛煙家には「きつい」お話です(..ゞ
「キャンパスの悪夢」
 「君が欲しいものは,ちゃんとわかっているよ」…そう言ってエリザベスに近づいてきた男の正体は…
 この作者のデビュー作『キャリー』は,ホラーとして佳品であるとともに,青春小説的なテイストも味わえる作品です。本編もそれに近い味わいのある作品です。素材そのものは,途中で見当がつきますが,主人公のアイデンティティの確認プロセスとして読むと,また別のおもしろさがありますね。
「バネ足ジャック」
 大学キャンパスで起こる連続殺人。犯人は“バネ足ジャック”と呼ばれた…
 大学が舞台であること,主人公の回想という形でストーリィが進行することなどから,前作と同様,ノスタルジックな青春小説的な雰囲気があります。この作者の代表的中編「霧」のイメージは,このへんに根っこがあるのかも知れません。
「トウモロコシ畑の子供たち」
 周囲をトウモロコシ畑に囲まれた田舎町で,ロブスン夫婦が遭遇したことは…
 日本でも人里離れた「隠れ里」というモチーフは,ホラー作品でしばしば取り上げられますが,それは自然の地形による断絶性とセットになっているように思います。しかしこの作品における街の隔絶性が,トウモロコシ畑という人工的な環境によってなされているところはいかにもアメリカらしいのかもしれません。アメリカの田舎町を好んで描く作家さんですが,それをすこぶるシンボリックに設定した作品なのでしょう。
「死のスワンダイヴ」
 妹からの一通の手紙。それは“私”に幼い日の記憶を思い出させ…
 この作者の作品,とくに初期の作品には,つねに「恐怖」の奥底に「哀しみ」がたたえられていたように思います。過酷な状況に対する哀しみ,不条理な運命に対する哀しみ,孤独と絶望に対する哀しみ…その誰もが持つであろう「哀しみ」と恐怖が輻輳するとき,読者は,その恐怖がスーパーナチュラルであっても,リアルを感じるのかもしれません。そんな「哀しみ」のエッセンスを抽出したような作品です。
「花を愛した男」
 恋する青年は花を買う。“恋人”に贈るために…
 コミュニケーションとは,一定の「約束事」によって成り立ちます。ある共通の「サイン」に対して,それに見あった感情を持ち,コミュニケートします。しかしそれが「約束事」である以上,ある意味「幻想」でもあります。そんな「幻想」のずれの恐怖を描いています。
「<ジェルサレムズ・ロット>の怪」
 猛吹雪の夜,バーに飛び込んできた男は,妻子の救出を求めるが…
 『呪われた町』の後日談。ストーリィ自体はシンプルなものと言えますが,「真っ白な闇」である猛吹雪と,そこに浮かび上がる吸血鬼のイメージが鮮烈な作品です。
「312号室の女」
 死病に苦しむ母親に,彼はある“薬”を飲ませようとするが…
 「肉親の死」あるいは「死に至るまでの苦しみ」というモチーフは,この作者の長編にしばしば顔を見せます(『ペット・セマタリー』が印象的でした)。本編ではそれがメインに据えられています。本短編集は,長編に用いられている素材やテーマを切り取った形での作品が多いな,という感想を持ちます。

03/07/09読了

go back to "Novel's Room"