My Favorite Novels
(1997年5月21日現在 20冊所収)

いままで6回の引っ越しをしました。引っ越しのたびに,本を整理します。
ここに挙げた本は,引っ越しの淘汰に抗して,いまでも本棚に並んでいるものの一部です。
一作家一冊ということにしてあります。
出版年は,わたしの持っている版の初版年です。
順番は作者名五十音順です。順位はつけられません。

赤江瀑『花曝れ首』講談社文庫 1981年

 華麗にして淫靡な魔的世界を数々描いている作家です。お気に入りの作品も多くありますが,本書所収の,鶴屋南北を題材とした「恋怨にて候」が,わたしの一番好きな作品です。

新井素子『ひとめあなたに・・・』角川文庫 1985年

 あと1週間で地球滅亡という混乱の中,「あたし」は恋人のいる鎌倉へと,単身,練馬を旅立つ。狂気に彩られたさまざまな人々を描きながらも,胸締めつけられるラブ・ストーリーです。

泉鏡花『高野聖』角川文庫 1971年

 本書所収の「眉かくしの霊」が,鏡花作品の中での一番のお気に入りです。最後の「似合いますか」のセリフとともに浮かび上がる,幻想的で華やかなシーンが,なんともいえません。

カート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』ハヤカワ文庫 1979年

 世界はあまりにあっけなく,そしてあまりに滑稽に破滅してしまう。SFというよりもむしろ寓話のような作品です。「猫,いますか? ゆりかご,ありますか?」というセリフが心に残ります。

小栗虫太郎『黒死館殺人事件』講談社文庫 1976年

 設定がリアルでないとか,トリックが実行不可能だとか,そういったことはいっさい気にかけず,ひたすら作者の紡ぎ出すペダントリーに酔うことが,一番楽しめる読み方ではないしょうか。

川又千秋『幻詩狩り』中公文庫 1985年

 謎の詩人,フー・メイの残した詩には,時間の謎を解き明かす鍵が隠されていた。「時」と「言葉」,「シュールレアリズム」を巧みに絡み合わせたSFです。

北杜夫『幽霊』新潮文庫 1965年

 軽くつついただけで,もろく崩れてしまうような,そんなあやうい繊細さを描いた作品です。しかし,最後の山を下りるシーンが,その繊細さを包み込む力強さを与えています。

スティーヴン・キング『キャリー』新潮文庫 1985年

 新聞記事や手記からなる一風変わった構成で,現在の「厚さ」からは想像できないほどコンパクトにまとまった作品です。登場する若者たちの心理描写が秀逸です。ちなみに映画版はスカです。

倉橋由美子『暗い旅』新潮文庫 1971年

 失踪した“彼”を捜しに,“あなた”は,ふたりが共有したはずの“過去”へ,そしてみずからの内部へと遡航していきます。主人公が二人称で描かれた作品です。情緒不安定になると読み返します。

椎名誠『雨がやんだら』新潮文庫 1987年

 ある島に流れ着いた1冊のノート。そこに書かれていたものは,恐ろしく,そして哀しい物語。作者は「水没した世界」がお気に入りのようで,このほかに短編の「水域」,長編の『水域』があります。

清水義範『河馬の夢』新潮文庫 1994年

 この作者の作品もお気に入りが多いのですが,本書所収の表題作は,エッセイ風の軽快でユーモアある文章,多少シニカルでいて,そのくせ暖かみのある細かい人間観察など,この作者の十八番が,十二分に出ているのではないかと思います。

竹本健治『匣の中の失楽』幻影城 1978年

 「現実」とはなんなのか,「虚構」とはなんなのか,そして「現実」と「虚構」は峻別できるのか,私たちが生きているのは「現実」なのか,「現実いう名の虚構」なのか。これもまた1編の青春小説だと思います。

辻邦生『夏の砦』新潮文庫 1975年

 留学先のヨーロッパで命を落とした,ひとりの女性の手記を手がかりとして,彼女の生の軌跡を追った,この作者の初期の代表作です。最近,文春文庫版でも出版されました。

コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』新潮文庫 1973年

 贅言は不要でしょう。読み返すたびに新しい楽しみ方ができます。古典落語を聴くような・・・。

中井英夫『虚無への供物』講談社文庫 1974年

 「現実」と「虚構」の間の迷宮をたどりながら,行き着く先は,ゲームが宿命的に持つ虚無。しかし作者はその虚無を,虚無であるがゆえに,愛しているように思えます。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス『砂の本』集英社 1980年

 ボルヘスの作品も,どれを挙げたらいいか迷うのですが,初めて読んだ作品集ということで。本書所収の「三十派」の「この草稿の結末は,まだ発見されていない」という最後の一文に参ってしまいました。

ロス・マクドナルド『ウィチャリー家の女』ハヤカワ文庫 1976年

 初めて読んだハードボイルド小説。ストイックに,そしてタフに,複雑で絡み合った人間関係の編み目から,事件の真実を追い続けるリュウ・アーチャーの姿に,嫉妬混じりの羨望を感じました。

村上春樹『羊をめぐる冒険』講談社 1982年

 初期のコラージュ風の作風と,のちの物語志向との幸福な融合。あざとい言葉ではありますが「青春の終わり」を活写した逸品です。

夢野久作『ドグラ・マグラ』現代教養文庫 1976年

 「脳髄は考えるところにあらず」という名言を記した奇書。われわれの認識,その認識が創り出す世界というものの不安定さ,脆さを描き出し,読むものを底知れぬ不安に導きます。

吉村昭『冬の鷹』新潮文庫 1976年

 江戸時代,『解体新書』の翻訳に苦闘した前野良沢と杉田玄白。世評高まる玄白に対して,頑迷なまでに禁欲的に生きる良沢の姿を,淡々とした文章で描いています。


go back to "Novel's Room"