スティーヴン・キング『深夜勤務』サンケイ文庫 1986年
「恐怖について話そうじゃないか」(本書「はしがき」より)
10編を収録した短編集です。また冒頭の「はしがき」には,作者の「ホラー小説観」が開陳されています。掲示板にて,よく書き込んでくださるダムダム人さんが,本集に収められた「やつらの出入口」について言及され,レスのために読み返してみたところ,ついおもしろくて全編読んでしまいました。
「地下室の悪夢」
アルバイトのホールは,12年以上放っておかれた地下室の大掃除に駆り出され…
『新耳袋 第一夜』に収録されていた,改築のために家を取り壊したら,誰も知らない地下室が発見されたという話を連想しました。またニューヨークの下水道には,捨てられたワニの赤ん坊が大きく育って生きている,という都市伝説もあるそうです。自分たちの足下に−普段,なんの疑問も持たずに生活を送っている,そのすぐ下に,得体の知れぬ「何か」が住んでいるというのは,「ぞわり」とするような不気味さを持っているものなのでしょう。
「波が砕ける夜の海辺で」
人類を破滅の淵に追いつめたのは,核戦争でも環境破壊でもなかった…
インフルエンザが猛威を振るう今年(2003年)の冬に読むと,怖さひとしおの作品です(笑) しかし作品のトーンは「怖さ」よりも,むしろ,作中で「流感」と呼んでいることからもわかりますように,あまりにあっけない人類の滅亡の「悲しさ」や「虚ろさ」にあるようです
「やつらの出入口」
金星からの帰途,墜落事故で大怪我をした宇宙飛行士は…
自分の中に「何かがいる」,さらに「その何かは自分をコントロールしている」という恐怖は,自分の自由意志を侵犯されるという,もしかすると人間の根元的な恐怖なのかもしれません。主人公アーサーが語る内容が,彼の狂気に発した妄想なのか,それとも「本当の話」なのか,そのへんの不鮮明なストーリィ展開が,物語に緊迫感を与えています。
「人間圧搾機」
洗濯工場で続発する怪事件。その理由とは…
洗濯物をプレスする機械と悪魔憑き,というミスマッチさが,本編のおもしろさでもあるのですが,その一方で,むき出しの機械,とくに「押したり」「壊したり」するための機械が持つ一種の「禍々しさ」と悪魔とはフィットするように思え,納得してしまうところもあります。
「子取り鬼」
「おれは3人の子どもを殺しちまったんだ」…男は語りはじめるが…
現代でスーパーナチュラルな怪異を語ろうとすれば,まずそれは狂気による妄想として描かれるのがオーソドクスな手法ですが,そのあたりの描き方が,この作者独特の粘着質な文体にじつにマッチして効果的です。ショッキングなラストもグッドです。ところで,引き戸がほんの少しだけ開いている押入というのは,どこか不気味なものがありますが,それがアメリカではクローゼットなのでしょうね。
「灰色のかたまり」
父親のためにビールを買いに来た少年は,恐怖に打ち震えていた…
事故であれ,悪意に基づくものであれ,食品への異物混入は,残念ながら,なかなかなくなりません。ですから,この作品で描かれる恐怖が超自然的なものであることはわかっていても,そこに,どこか身近さを感じるのが,缶入り製品やレトルト食品が普及した現代なのかもしれません。
「戦場」
一仕事を終えたプロの殺し屋。彼の元に送られてきた荷物の中身は…
本短編集を最初に読んだとき,一番印象に残った作品です。広い意味では「人形怪談」とも言えましょうが,むしろ不条理系ホラーの白眉でしょう。主人公をプロの殺し屋に設定することで,彼と「人形の兵隊」との不条理なバトルを,スリルたっぷりに描いています。
「トラック」
もちろんこちらがオリジナルですが,アンソロジィ『死のドライブ』に収録されています。感想文はそちらに。
「やつらはときどき帰ってくる」
高校教師ノーマンの前に現れた転校生は,16年前に彼の兄を殺した不良たちだった…
素材的にはおもしろいと思いますし,そのためでしょうが,映画化もされた作品です。ただヴォリューム的に,ちょっともったいない感じがします。「人間圧搾機」でも思ったのですが,「現実」と「異界」との結びつきが少々ストレートすぎるのでは? クライマクスに至るまでのプロセスにもう少し描写がほしいところです。
「呪われた村<ジェルサレムズ・ロット>」
従兄が遺した邸に住み始めたチャールズ。だがその邸と彼の一族は,村人から奇妙な目で見られ…
タイトルは,この作者の代表作のひとつ『呪われた町』のプロト・タイプみたいですが,内容はぜんぜん別物です。舞台は1850年,物語は,主人公チャールズ・ブーンが書いた手紙や,彼の友人カルヴィンの手記などから構成されています。多少の現代風な味付けはされているとはいえ,その舞台設定といい,モチーフといい,さらにはその「語り口」といい,「あれ? これってもしかしてラヴクラフトを意識しているのかな?」と思っていたら,やはりそうでした(笑) アメリカで「ホラー作家」の看板を背負う以上,「避けては通れない道」なのかもしれません^^;;
03/02/07読了
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