恩田陸『図書室の海』新潮文庫 2005年

 「女の子は作られる。男の子や大人の目が女の子を作る」(本書「睡蓮」より)

 10編を収録した短編集です。別の長編の「予告編」「番外編」などがいくつかあり,そこらへん,未読の人間には不親切なところでありますが,やはり,この作者の作品全体を覆うトーンは心地よいものがあります。

「春よ,こい」
 異形コレクション『時間怪談』所収。感想文はそちらに。
「茶色の小壜」
 彼女は,指についた血を見て,たしかに笑っていた…
 日常生活に潜みながら,日常をけっして攪乱させることのない「魔」。作者は,それを描きません。しかし読者に想像させます。それも作者が考え出した「背後」を的確に想像させます。それこそ作家としての技量なのでしょう。
「イサム・オサリヴァンを捜して」
 ベトナム戦争中に姿を消した男。彼の行方を調べた“私”は…
 映画『地獄の黙示録』のモチーフとなった「密林の中の千年王国」,日本のマタギとアイルランドの血を引くイサム・オサリヴァン,その超人的な資質などなど,魅力的なアイテムが散りばめられた,長編伝奇小説のオープニングを思わせる1編です。インタビューを中心とした淡々とした語りも,そんな雰囲気とマッチします(作者の「あとがき」を読んだら,やはり,とある長編の「予告編」だったそうです)。
「睡蓮」
 「睡蓮と下には女の子の死体が埋まっている」…そう言ったのは誰だったか…
 主人公を中心に伸びるミステリアスな「糸」が,いずれも中途で切れてしまいます。その点,やはり長編小説のワン・エピソードを思わせる作品ですが,その中で,思春期の少女の心の動きを,くっきりと切り取ってみせています(これも,どうやら未読の長編と関係があるようです)。
「ある映画の記憶」
 ある映画のラスト・シーンの記憶が,叔母の不可解な死を思い出させた…
 アンソロジィ『大密室』所収作品とのことで,密室テーマのミステリです。トリックは,「ホントにできるのかな?」という気がしますが,この作品の持ち味は,昔に見た映画のワン・シーン,その原作小説,そして主人公の子どもの頃の記憶という,複数の素材が交錯することで醸し出される幻想的な手触り(しかし「幻想」ではない)にあるのでしょう。
「ピクニックの準備」
 明日は,高校最後の「夜のピクニック」。生徒たちはそれぞれの想いを秘め…
 『夜のピクニック』の「前夜」を描いた番外編らしいです。この短編だけで何かコメントするのは,ちょっとつらいので保留します。ただ私の高校にも「40qハイク」という恒例行事がありました。今でも走るのは嫌いでも,歩くのがあまり苦手でないのは,あの行事が遠因かも?
「国境の南」
 学生時代に通っていた喫茶店。そこで起きた事件とは…
 同じ素材であっても,別の作家さんが書いたら,まったく違うカラーの作品になったでしょうね。しかしこの作者の腕にかかるとファンタジックな色合いに染め上げられてしまうのですから,なんとも不思議です。
「オデュッセイア」
 ココロコは人々を乗せて移動する。陸地を,そして海を…
 童話というか,寓話というか。読んでいて哀しくなるのは,そこにまぎれもなくヒトの歴史の真実が描かれているから。にもかかわらず,愛しくなるのは,わずかなりとも「希望」もまた描かれているから。
「図書室の海」
 卒業した先輩の読んだ本を追う彼女の真意は…
 『六番目の小夜子』(こちらは既読)の番外編です。「3年に1度の行事」とい設定の『六番目…』に対して,本編はその行事の狭間に在学する高校生が主人公。彼女は,(行事とは関係なく)自分を「主役にはなれない」と考えていますが,「けっしてそうではないんだよ」と,作者がやさしく語りかけるために,本編を書いたように思えます。
「ノスタルジア」
 苦手なタイプの友人に呼び出された“私”は…
 冒頭で語られる,さまざまなタイプの「記憶」,そしてメイン(?)となる“私”の「記憶」…そしてエンディングの言葉に,ストーリィが集約するとき,わたしたちの「記憶の曖昧さ・はかなさ」,つまりは自身の存在そのもの曖昧さ・はかなさが立ち現れてきます。

05/09/04読了

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