東雅夫編『血と薔薇の誘う夜に 吸血鬼ホラー傑作選』角川ホラー文庫 2005年

 「君は死にはせん。滅びるだけだ」(本書「白い国から」より)

 巻末の編者の解説に,「ヴァンパイア・ジャパネスクの血脈」とあるように,国産吸血鬼譚のアンソロジィです。さまざまなジャンルの作家,さまざまなタイプの吸血鬼,さまざまなスタイルの作品,計16編を収録しています。
 なおこれまで同じ編者により,国産吸血鬼のアンソロジィとして,『血と薔薇のエクスタシー』(幻想文学出版局,1990年),『屍鬼の血族』(桜桃書房,1999年)が編まれています。かなり作品が重複していますが,それぞれに違いもあります(同じ作家で違う作品というのもあります)。読み比べてみるのも一興かと。

三島由紀夫「仲間」
 夜のロンドンを彷徨う“僕”とお父さんは,ひとりの紳士と知り合いになり…
 このアンソロジィに収録されていなければ,「吸血鬼もの」とは思いつかないような(笑) むしろ「吸血鬼」に限定するより「闇を徘徊する異形の者たち」といった「くくり」でとらえた方が良い作品なのかもしれません。
須永朝彦「契」
 若きチェンバロ奏者を募集した理由は…
 思わず,ビアズリーの絵を想起させる,耽美的な掌編です。ピアノではなく,チェンバロというところがまた良いですね。
中井英夫「影の狩人」
 酒場で見知った“彼”…その正体は…
 わたしの好きな短編集『とらんぷ譚』の1編。「有為の理」からの逸脱,飛翔を求めつつ,なおかつ「無為の理」を,その作品世界に埋め込む手法は,まさにこの作者の自家薬籠中のものと言えましょう。
倉橋由美子「ヴァンピールの会」
 湘南のレストランに集う若い女たち…その「ヴァンピールの会」とは?
 これまたわたしの好きな『倉橋由美子の怪奇掌編』中の作品。旧仮名遣いで記された,気取った感じの文体と会話が,作品そのものが持つ「異形性」をより鮮明に浮かび上がらせています。「生のワイン」の挿話は,ぞくりとする怖さをたたえています。
種村季弘「吸血鬼入門」
 深夜,“私”の元にかかってきた奇妙な電話…
 ユーモラスで,ちょっと自虐的な文体で書かれたエッセイは,最後の一文によって,吸血鬼(あるいは「闇に棲まうすべてのもの」)への熱烈なラヴ・レターへと変貌します。
夢枕獏「かわいい生贄」
 ぼく,ちゅうねんのおじさんです。初潮前の女の子が大好きなおじさんです…
 この作者の作品で,一人称で書かれる短編は,だいたいの場合,主人公が気が狂っているか,ヘンタイであることが定番ですが(笑),この作品のヘンタイ度は,かなりのものです。ラストの情けなさは,そんな「堕落した吸血鬼」の末路?
梶尾真治「干し若」
 夜,道に迷って立ち寄ったラーメン屋にいたのは…
 オーソドクスな伝説的「吸血鬼」と,実在する「吸血鬼」…そのふたつをマッチングすることで,スラプスティク的な作品ながら,じつに怖い内容となっています。着眼点の勝利でしょうね。
新井素子「週に一度のお食事を」
 アンソロジィ『誘惑』収録。感想文はそちらに。
菊地秀行「白い国から」
 雪国に転校してきた美少女…どうしようもなく彼女に惹かれる教師は…
 吸血鬼というと,映画のドラキュラ伯爵−夜の闇に跳梁する黒いマントの男−というイメージが強いですが,「雪の白」というのも,やはりひとつの「闇」を産み出すものなのでしょう。その新鮮なイメージを,凝ったプロットで鮮やかに浮かび上がらせています。
赤川次郎「吸血鬼の静かな眠り」
 姉弟は,別荘の地下室で黒い棺を見つけた…
 「棺」の中にいる「もの」は,なぜ出られないのか? そして,なぜ出られるようになったのか? そのへんの「理詰め」の展開は,ミステリ作家らしいところです。「親しいものが吸血鬼になってしまう哀しみ」というモチーフは,S・キング『呪われた町』小野不由美『屍鬼』に通じるものがあるように思えます。
江戸川乱歩「吸血鬼」
 小説ではなくエッセイです。吸血鬼と「生きながらの埋葬」を結びつけることで,現実感をともなった恐怖−誰もが「吸血鬼」になってしまうかもしれない恐怖を描き出しています。
柴田錬三郎「吸血鬼」
 旧友の様子がおかしい…一通の手紙に呼ばれ,彼が見たものとは…
 時代小説家というイメージが強かったので,こういったタイプの作品を書いているのに,ちょっと驚きました。あくまでも「現実の地平」で展開していく物語は,最後になって,ほんのわずかだけ,その地平から遊離します。しかし,その「遊離」こそが,グロテスクでショッキングなものとなっています。
中河与一「吸血鬼」
 新しい母は,日に日に若くなり,それに対して娘は…
 継母はほんとうに吸血鬼だったのか? それとも,ファーザー・コンプレックスの娘が,継母への反感ゆえの狂的な幻視だったのか? 物語が娘の「語り」で進む以上,両方の可能性があります。その未決定さが本編の持ち味になっています。
城昌幸「吸血鬼」
 エジプトで吸血鬼の虜となった友人は,そのまま姿を消した…
 エキゾチックなエロティシズムもさることながら,本編の眼目は,最後に明かされる語り手の「胡乱さ」が醸し出す,語られざる「話の裏側」を読者に想像させる点にこそあるのでしょう。
松村松葉「血を吸う怪」(原作:E&H・ヘロン)
 妖怪が棲むと伝わる屋敷で,奇怪な事件が相次ぎ…
 編者によれば,翻訳吸血鬼ものの草分けとのこと(1902年)。古典にしてはユニークなタイプの吸血鬼だな,と思っていたら,「編者付記」を読んでびっくり。当時,まだ知られていなかった“vimpire”という語の,苦肉の,しかし決定的な「誤訳」なんだそうです。その「誤訳」が,「吸血鬼」が一般的な語彙となった今の目からすると,逆に新鮮に感じられてしまいます。
百目鬼恭三郎「日本にも吸血鬼はいた」
 日本の古典の中に見られる,文字通り「純国産」の吸血鬼をめぐるエッセイです。欧米的な吸血鬼(とくにドラキュラ伯爵)のイメージが鮮烈なだけに,それに対抗できる(?)モンスタというのは,見つけにくいのでしょうね。作者の苦労がしのばれます。そういえば夢枕獏「陰陽師シリーズ」の1編「血吸い女房」の吸血鬼は,なにか出典があるのかな? それともオリジナル?

05/10/09読了

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