ドン・ウィンズロウ『高く孤独な道を行け』創元推理文庫 1999年

 中国奥地の僧院での3年間におよぶ軟禁生活に別れを告げ,アメリカに帰ってきたニール・ケアリー。帰国早々,彼は,親権を持たない父親とともに行方不明になった子どもを探しに,ネヴァダに飛ぶ。彼らが牧場にいるらしいという情報を得たニールは,潜入することに成功するが,そこは人種差別主義カルト集団のアジトだった!

 『ストリート・キッズ』『仏陀の鏡への道』につづく「ニール・ケアリー・シリーズ」の第3弾は,ネヴァダの渓谷を舞台にした「西部劇」です。
 いやぁ,おもしろかったです。前2作も楽しめましたが,この作品は,読み始めたらもう,休む間もなく一気に最後までいってしまいました。既訳3作のうち,個人的にはベストです。

 さて,本シリーズにおけるニールの仕事は「潜入工作」です。その仕事は,身分を偽り,嘘をつき,人を騙すという宿命を持っています。『ストリート・キッズ』の中で語られているように,
「どんな潜入捜査も,最後には同じ結末にたどり着く。裏切りという結末に」
という宿命を持っています。本作品では,この宿命の持つ「むごさ」が,前2作以上に鮮明に描かれています。
 ニールは,行方不明の子どもコーディを救出するため,みずからを「人種差別主義者」と偽り,カルト集団“真正キリスト教徒同定教会”のアジトに潜入します。その敵をあざむく行為は,同時に,彼に好意を寄せ,彼もまた好意を寄せる人々―ミルズ夫妻,カレン―への「裏切り」ともなります。その狭間で苦しむニールの姿が描かれるのですが,その描き方がじつに巧い! とくにカレンとの会話。口では彼女に対して「人種差別主義者」として応答しながら,地の文で彼の「心の声」が描写されていきます。その対照をソフィストケートされた文体で描き出すことによって,鮮やかにニールの苦悩を浮き彫りにしています。彼は思います。
 「あまりに多くの役柄を演じると,そのうち,自分というものがなくなってしまう。いや,もしかしたら,逆かもしれない。ぼくにははじめから,自分なんてものはなかったのかもしれない」
と。このニールの,自分のアイデンティティに対する不安こそが,このシリーズを独特の色合い―せつなく哀しい色合いと魅力を与えているのでしょう。
 その一方,この作品は,けれん味たっぷりの活劇シーンをふんだんに盛り込んだ「冒険小説」「西部劇」でもあります。未読の方の楽しみを奪ってしまうのでいちいちは書きませんが,「第三部」,クライマックスでのスピード感,緊張感,そして爽快感といったらなんともいえません。とくに,これまでニールの「いじめ役」で,おそらくニール・ファンには嫌われていたであろう(笑)エド・レヴァインが八面六臂の大活躍をし,なんとも痛快です。
 この作者,3作目にして,話の作り方がすごく洗練されてきたという感じですね。キャラクタ+ストーリィ,まさに「鬼に金棒」ですな^^;;

 「ハードボイルド」「国際謀略もの」「西部劇」と来た本シリーズ。はたして作者はつぎにどんな舞台を用意しているのか,早く翻訳が出ないかと心待ちにしています。

99/09/19読了

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