ドン・ウィンズロウ『仏陀の鏡への道』創元推理文庫 1997年

 イギリス・ヨークシャーの荒れ地で隠遁生活を続けるニール・ケアリーに下された新たな任務は,サンフランシスコで行方不明になった生化学者を探し出すこと。だが,中国人の女性画家リ・ランと一緒にいる彼を発見したニールに謎の銃弾が襲う。任務の背後に不穏なものを感じ取ったニールは,ふたりを追って香港へ,そして大陸へと渡る。文化大革命の傷跡を深く残した中国でニールが見たものとは?

 『ストリート・キッズ』に続く「ニール・ケアリー・シリーズ」の第2作です。前作が,ハードボイルド・ミステリのフォーマットを踏襲しつつ,ユニークなキャラクタ設定で,独特の味を出していたのに対し,本作は,もちろん主人公ニールの設定は変わらないものの,むしろ冒険小説的なスピード感とサスペンスにあふれた展開となっています。舞台設定も,前作が「家庭の事情」というプライヴェイトなエリアで展開されるのに対し,今度は,中国の1950年代から60年代にかけての動乱―(半分以上は人災による)大飢饉・大躍進・右派闘争・文化大革命―という政治的背景が深く関わっている点,大きく異なっています。「国際謀略もの」的なテイストもあわせもっていると言えましょう(最近出た『餓鬼(ハングリー・ゴースト)』というルポルタージュは,ほとんど実態が不明な,この大飢饉について取材しています。すさまじいですよ)。
 なんでも次作『高く孤独な道を行け』は「西部劇」とのこと。作者は,主人公ニール・ケアリーをさまざまなシチュエーションに投げ込むことによって,物語を紡ぎだしているのかもしれません(あ,あくまで推測ですよ^^;;)

 さて物語は,女香に惑わされた男を連れ戻すという単純な任務からはじまります。サンフランシスコはニールにとっても「験のいい」場所。だからあっさりと解決すると思いきや,しだいに複雑できな臭い様相を見せ始めます。さらにバックにいるはずの「朋友会」もまた,なにやら不可解な行動を取り始め,ニールは,“お父さん”グレアムを振り切り,香港へ飛びます。そして香港での追跡行には,チャイニーズ・マフィアCIAが絡んできて,血なまぐさい風がニールをなぶります。そして絶体絶命の危機へと追いやられるニール! ここらへん,「ニールの運命はいかに?」という,ある意味,冒険小説におけるもっともオーソドックスな(そしておそらくもっとも強力な)「牽引力」によってストーリィが展開していき,ページを繰る手がとめられません。「誰が味方で,誰が敵なのか?」という謎もまた,ストーリィに緊迫感を与えています。そんな危地にはまったニールとともに,彼に対するエドやグレアムの(ちょっと屈折しているところがあるとはいえ)熱い想いを挿入していくところは,この作者のお話作りの巧さなのでしょう。
 そして,さながら混沌とした濁流に飲み込まれ,流されているといった感じであったニールがみずから行動を起こすことで,物語はクライマックスへと向かいます。多少,「トラヴェル・ミステリ」的なサービスが過剰のようにも思いますが^^;;,峨々たる聖山で繰り広げられる追走劇はサスペンスフルですし,またツイストも効いていて,ラストはきれいに着地します。事件の「真相」には,時代に翻弄された人々の哀しみと,希望を抱かせる「結末」も余韻があっていいですね。
 それ以上に,なんといってもエピローグ。単なるデコレーションかとも思えた,ニールと通訳紹伍との会話が,こんなところで効いてくるとは・・・う〜ん・・・巧いなぁ。

 さておつぎは『高く孤独な道を行け』です。全5作とはいえ,翻訳されているのはそこまで。早く読みたいような,とっておきたいような・・・(^^ゞ

98/09/07読了

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