佐々木譲『白い殺戮者』徳間文庫 1991年

 町史執筆を依頼されたルポライター大坪卓也は,その取材のため,北海道北部の小さな町・北士別を訪れる。現町長の施策で,徐々に豊かになってきた町は,しかし,奇怪な連続凍死事件のため不安に覆われつつあった。卓也は,凍死事件の背後に超自然的なものを感じ取るが……

 『死の色の封印』『そばにいつもエンジェル』に続く,この作者のモダン・ホラー第3作です。寝る前に,ふと手にとって読み始めたら,そのスピード感あふれる展開にぐいぐいと引き込まれ,一気に読み通してしまいました。土曜日で良かった(笑)

 本編の核心はいうまでもなく「雪」です。それもアイヌの間に伝わる「アイヌ・ライケ・ウパシ(魔の雪)」,人に襲いかかる雪です。しかし作者は,「魔の雪」が登場するまでに,さまざまな雪と,北海道の冬の寒さ・厳しさの描写を積み重ねていきます。
 たとえば冒頭,北士別に向かう大坪卓也の乗った列車は,おりからの大雪のため1時間近く遅延します。あるいはまた,スナックで知り合った祐子と入ったラヴ・ホテルから出るシーン,祐子は,素手のまま自動車のドアを開けようとする卓也に,手袋をしないと手の皮膚が剥がれると注意します。そしてその帰途,吹雪の中,道ばたで遭遇した中学生を,自動車に乗せなかったため,その中学生は凍死してしまいます。
 「人を襲う雪」を,それだけ「ポン」と投げ出せば,思わず眉毛に唾を付けてしまいたくなりますが,それまでに「雪の恐ろしさ」「冬の恐ろしさ」を描き込むことによって,現実と「超常」との間に横たわる「淵」を埋めていくわけです。つまり,ある意味荒唐無稽な設定である「魔の雪」を,限りなく現実に近づける工夫がなされているのではないでしょうか。

 それとともに「北海道の小さな田舎町」を丁寧に描き込まれています。舞台となる北士別は,架空の町ですが,そこには北海道の町が抱えるさまざまな生活や問題などが織り込まれているようです。たとえば野心旺盛な町長,放射性廃棄物処理場を誘致することで町を活性化しようとする政治姿勢や,大寒波の到来と連続凍死事件さえも「町の発展」に利用するしたたかさ。そんな町政をめぐる確執と対立。あるいはまた部外者である卓也に対する嫉妬と羨望。地場産業振興のために設立された会社“シルバーフォックス”などなど…
 これら作者が描く北海道の田舎町の良い面も悪い面は,主人公の行動を決定し,クライマクスでのスリルを盛り上げるというストーリィの展開に密接に関わるとともに,先述の「雪」と同様,スーパーナチュラルな「恐怖」を支えるリアリティを作り出しています。まさにモダン・ホラーの基本形を踏襲するものといえましょう。

 ただ不満な点を挙げれば,主人公の設定。中学生を凍死させてしまったという負い目,それと一度は肌を合わせた女性が「魔の雪」の犠牲になったこと,それらが主人公の行動のモチベーションになってはいるのですが,基本的には卓也は,北士別にとっては短期滞在者。クライマクスへと繋がる彼の行動がやや説得力不足のところがあるようにも思います(ダメ男の再生の物語とも取れますが)。もう少し北士別に思い入れのある立場に設定されていたら,もっと良かったかも?

02/03/17読了

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