佐々木譲『死の色の封印』徳間文庫 1989年

 いわれなき醜聞で東京の大学を追われた新藤恭介は,北海道の農業大学の非常勤講師に着任する。妻子とともに移り住んだ古い洋館は,80年前,大学に大きな功績のあったアメリカ人・ベーカー一家が住んでいた場所だった。ベーカーに関心を持った恭介は,彼の生涯を調査し始めるが,まるでかき消されたかのように記録が少なく,また大学当局の態度にも秘密めいたものが見え隠れする。そして妻・恵美子の周囲で起こる不可解な出来事。洋館とベーカー一家をめぐる謎に,恭介はしだいにとり憑かれていく・・・

 奇怪な噂のつきまとう古い洋館,しばしば目撃される謎の人影,口をつぐむ関係者――典型的な「幽霊屋敷もの」のホラー・テイストをもった作品ではありますが,やはりこの作者ですから,スピード感あふれるサスペンスに仕上がっています。
 物語は,ふたつの流れで構成されています。ひとつは新藤恭介を中心としたストーリィ。彼は,大学創設時の功労者であり,自分たちの住む洋館の建設者でもあるウィリアム・E・ベーカーという人物に興味を持ち,彼の生涯を追います。しかし彼に関する記録はきわめて少なく,さらに調査には大学当局から圧力がかかります。はたしてベーカーにはどのような謎が隠されているのか? 少しずつ提示される手がかりに沿って,読者は主人公とともにベーカーをめぐる謎の核心へと導かれていく展開は(予想できる部分が多いとはいえ)テンポがよく,サクサクと読み進めていくことができます。
 もうひとつは,恭介の妻恵美子の流れ。彼女は,今回の北海道への引っ越しをこころよく思っておらず,洋館に対しても最初から反感を持っています。さらに夫が起こした醜聞―女子高生を妊娠させたというスキャンダルに対しても,本当に夫が無罪かどうか,拭いきれない疑念をおぼえています(彼女がなぜそう考えるのかという設定はなかなか説得力があります)。そんな不安定な精神状況の彼女に,さまざまな怪異が襲いかかります。それはけしてモンスタや化け物という形はとらず,むしろ考えようによっては単なる「事故」「勘違い」ですませられそうなあたりでとどめているところが,逆に不気味さを醸し出しています。

 そんな「理」に基づくサスペンスと,「理外」のホラーとが併走し,共鳴共振しあいながらストーリィをぐいぐいと押し進めていき,最後まで一気に読み通すことができました。ただ,これもまたこの作者の資質なのかもしれませんが,サスペンスの方に比重が置かれ,それはそれですっきりとした決着がついて楽しめるのですが,その結果,ホラー的な部分の着地点がいまひとつはっきりせず,尻切れトンボに終わってしまったという読後感を残してしまいました。エンディングも少々唐突な感じが否めませんでした(もう少し伏線がほしかったところです)。
 それと,「スキャンダル」や,北海道で起きた「事件」をめぐる恭介の立場を,もう少し曖昧にしておいた方が,よりサスペンスが盛り上がったのではないか,というのは,いわば「後知恵」の類でしょうかね?

98/08/08読了

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