倉阪鬼一郎『死の影』廣済堂文庫 1999年

 新築マンション“フェノワール東都”。一見平凡なマンションに見えるそこには,誰も出入りできない4階が造られ,裏にある幼稚園―ある宗教団体によって経営される幼稚園と奇妙な回廊でつながっていた。そしてマンションに住む後ろ暗い過去を持つ住人たち。都会の一隅に,魔界への穴が空くとき,マンションの住人たちは地獄を見る・・・

 「異形招待席」というサブ・タイトルのつけられた本書は,井上雅彦によって編まれた人気ホラー・アンソロジィ・シリーズ「異形コレクション」のメンバたちの書き下ろし長編を刊行するシリーズの第1作です。トップ・バッタァがこの作者というのは,シリーズのポリシィと営業戦略からするとまさに適任と言えましょう。

 さて作者は,舞台となる“フェノワール東都”に,さまざまなネタをふんだんに注ぎ込みます。さながらホラー・アイテムの展示場といった趣さえあります。
 たとえばそれはオーソドックスな幽霊。メイン・キャラクタのひとり唐崎六一の前には,死んだ妻の亡霊が立ち現れます。彼女の遺稿を自分名義で発表し,多額の印税を得た彼は,その罪悪感から,彼女の亡霊に恐れおののきます。あるいはキューブリック監督の『シャイニング』S・キング原作)を思わせる, “双子の幽霊”。そして住人がだれも入ることのできない「4階」,それは怪異譚でお馴染みの「開かずの間」と言えましょう。
 さらに現代的な恐怖もまた盛り込まれます。関川綾美は,かつてストーカにつけ狙われた揚げ句,自分の部屋で,そのストーカに自殺されてしまうというおぞましい過去を持っています。また3階の住人夏木エリカは,自分のモデル生命を奪ったのは「呪い」のせいと思いこみ,その呪いを解くために,つぎつぎと生贄殺人を繰り返すサイコ・キラーです。そしてマンションと,その裏にある幼稚園を経営する宗教団体「愛と平和の園」。無害な教義の背後には,アルカイックであるとともに,すぐれてモダンな狂気が隠れています。
 これら,あの手この手の「恐怖の素」を,マンションという閉ざされた「鍋」の中に放り込み,シェフである作者は,「地獄」という名の料理を作り上げます。通常,これだけ多彩なネタであれば,ときとして荘重さ,重厚さと引き替えに,ストーリィ展開の遅滞を招きそうなところですが,むしろ映像的なスピード感ある文体で,すっきりとしたコンパクトな作品に仕上げています。
 そしてもちろん,この作者お得意のアナグラム。「あとがき」で書いているように,「文庫書き下ろし」という発表媒体を意識して,『赤い額縁』『妖かし語り』などで見せた,凝りに凝ったものではありませんが,むしろそのシンプルさが,ストレートなショッカーとして効果的に働いているように思います。これまた『シャイニング』の「レッドラム」のようなインパクトがありました(もっともアナグラムはいくつか挿入されていて,なかにはちょっと興醒めなものもないわけではありませんが^^;;)。

 トータルとしては,この作者の短編に近いテイストを長編に仕立て上げたような感じの作品ですね。ですから,『赤い額縁』のような長編を期待すると,ちょっと物足りないかもしれません。

98/07/09読了

go back to "Novel's Room"