倉阪鬼一郎『妖かし語り』出版芸術社 1998年

 夜,場末の旅館の一室に集まった5人の男たち。一癖も二癖もありそうな彼らがひとりずつ語りはじめる妖しい物語。顔の話,古書の話,豆腐の話,眼の話・・・・。“私”はその話を聞きながら,拭いきれない居心地の悪さを感じてしまう。そしてすべての話が語り終わったとき・・・

 『百鬼譚の夜』に続く「ネオ・ゴシック・ホラー」の第2弾です。
 物語は,「百物語」ならぬ「妖かし語り」と名づけられた集まりで,参加者が創作とも実話ともつかぬ「綺譚」「怪異譚」を披露する,という体裁で進んでいきます。
 たとえば最初の「顔」は,退職して田舎に引っ越した男が,家の不気味な雰囲気に侵食されていくというストーリィ。安易な因縁譚に陥らせず,宙ぶらりんのままに終わらせるエンディングが不気味さを増幅させています。それと作中でも触れられているように「片目のダルマ」というのは,言われてみるとたしかに怖い感じがしますね。また「鈴木伝兵衛」は,古本屋で買った「鈴木伝兵衛」と題された,一冊の古書にまつわる,オーソドックスな「古本怪談」です。ところがつぎの「魚影」は,一転,志摩半島の小漁村に伝わる奇習の背後に潜む恐るべき真相が描かれるクトゥルフ神話ものです。主人公に加えられる拷問(?)が,なんとも痛いです。また「愛の技巧」という「愛称」を持つ作家が出てきたり,舞台が「I村」というところは,クトゥルフ神話ファンを喜ばせてくれます(笑)。
 「眼」は,ホラーによく見られるパターンを用いながらも,天空から睨む「眼」というモチーフを導入することで,どこか不条理ホラーを思わせる雰囲気がありますし,「紅豆腐」は,アパートの下の階から夜な夜な聞こえる不気味な鋸の音の正体は・・・という,これまた正統派ホラーといった作品です。そしてラストの2本「剃刀」「ラストショット」は,これまでの「話」とはまったく趣の異なるテイストのサイコ・サスペンスです。とくに後者の,主人公の妄想と現実とが錯綜し,ずるずると狂気の淵へと主人公が転がり落ちていくところは,おぞましいまでの迫力があります。また前者は,志賀直哉に似たようなシチュエーションの作品があったのではないかと思います。

 さて,このようにそれぞれ独自の味わいを持った短編の集合体は,最終章「妖かし」に至ると,その姿を大きく変えます。短編と短編を繋ぎ合わせ,絡み合わせ,捻り合わせながら,ひとつの長編へとまとめ上げる手法は,『百鬼譚』でも見られたものですが,こちらの方がはるかにソフィストケートされた感があります。また,前半に引かれていた伏線が効いていて,「あ,なるほど」と頷かされました。
 で,これで着地かと思いきや,もうひとひねり,これまた「なるほど」と思わせる反転が待ち受け,それだけでも驚くところへ持ってきて,最後の最後にも足がすくわれるような種明かしがされます。ここらへんの二転三転は,コメディ映画などで,落とし穴に落ちて,怪我なくホッとしていたら,さらに足下にもうひとつ落とし穴があいて主人公が落ちていく,そんなリズムを持った眩暈感が味わえます。とくに2番目の反転は,じつに巧妙なアナグラムが隠されていて,唸らされました。ラストの落とし所は,『赤い額縁』を彷彿させるものがありますが,『額縁』ほど凝らなかった分,かえってすっきりしていて楽しめました。読み終わって,最初の方を読み返すとニヤリとさせられるところもいいですね。

 全体として,『百鬼譚の夜』『赤い額縁』のいいところを巧く兼ね備えた,バランスのとれた作品ではないかと思います。

98/12/09読了

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