大沢在昌『灰夜 新宿鮫VII』光文社文庫 2004年

 「戦いは,いつもそこにある。どれほどの仲間がいようと,あるいはなかろうと,戦いからは逃れることはできない。ならば戦うまでだ」(本書より)

 鮫島の人生を大きく変えた一通の手紙…それを託して自殺した同期・宮本の七回忌で,彼の故郷を訪れた鮫島は,何者かに拉致監禁されてしまう。宮本の旧友・古山が疑われていた麻薬密売に巻き込まれたのか? それとも警察と癒着した地元暴力団の策謀か? あるいは古山の出身地・北朝鮮が絡んでいるのか? 九州の南国を舞台に,孤立無援な鮫島の戦いが始まる…

 シリーズ「番外編」的な設定と,「原点回帰」的なストーリィと言えましょう。
 「番外編」的というのは,「新宿鮫」が,その棲息領域(笑)新宿を離れる点にあります。舞台となるのは,九州の一地方都市…地名は明示されていませんが,明らかに鹿児島です(鮫島が泊まった「観光ホテル」とか,「市電の走る繁華街」とか,すぐに情景が目に浮かんでしまいます^^;;) おそらくは,地元暴力団はおろか,「とんでもないもの」とつるんで私腹を肥やす悪徳刑事上原を登場させるために,具体的な地名・県警名は書かない方が良いと判断したのでは? などと邪推しています(本書のタイトルも,舞台がわかると納得できますね。そういえば島田荘司にも『灰の迷宮』という,鹿児島を舞台にした作品がありました。やはり鹿児島のイメージは「灰」なのでしょうか?(笑))。
 そんな「テリトリー外」であるがゆえに,これまで培われてきた人間関係。協力関係から,鮫島は切り離され,孤立無援な闘いを強いられます。
 そう,この「孤立無援性」こそ,このシリーズの初期設定でありました。自殺した同期宮本が,鮫島に託した“手紙”…公安警察を根底から揺さぶる「秘密」が書かれた手紙は,鮫島を,警察内で孤立させ,かといって警察を辞めれば,命を狙われる,そんなヘヴィな設定で,本シリーズは始まりました。
 しかしシリーズが続くにつれ,しだいに鮫島の理解者・協力者−監査医師の,上司の桃木課長などなど,徐々に増えていきます。前作『氷舞』にいたっては,鮫島の「天敵」として配されたキャリア警官香田でさえも,「理解者」とは言わないまでも,「鮫島とは異なるタイプの警官」として,キャラクタがより深みを増しています。恋人との関係は,いま若干の「距離」を置いているとはいえ,「鮫島の世界」は,シリーズの展開とともに,(その是非はともかく)少しずつ変貌しつつあるといえましょう。
 ですから,その初期設定と絡む宮本の法事に出席するという,象徴的なシチュエーションで始まる本編は,このシリーズの「基本」を改めて提示するとともに,「孤立無援」な鮫島−警察内にいながら警察組織に頼ることができない鮫島が,いかに事件に執着し,真相を解明するために悪戦苦闘していくか,という「原点回帰」的なテイストをも兼ね備えているといえましょう。
 もう一点,「原点回帰」的なところを挙げれば,そのストーリィ展開にも見られます。『屍蘭』以後,鮫島の側と犯人側とを,ストーリィの比較的初期段階から,ともに明示し,両者の間に繰り広げられる駆け引き・戦いをメインにすえることで,サスペンスフルにストーリィを展開させていくパターンが多かったのですが,本編では,鮫島の行動と推理によって,徐々に真相が明らかにされていくという,当初のパターンに近いものがあるように思えます。

 要所要所に緊張感あふれるシーンを挿入する手慣れた筋運び,鮫島をはじめとするハードボイルド・タッチのキャラクタなどなど,これらの点については今さら言うまでもなく,読み始めたら一気に最後まで行ってしまうスピード感たっぷりのストーリィは,本シリーズならではのものであります。

04/06/20読了

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