大沢在昌『屍蘭 新宿鮫III』光文社文庫 1999年

 新宿の高級コールガールの元締め・浜倉が死んだ。新宿署防犯課の“新宿鮫”こと鮫島は,その事故とも殺人ともつかぬ事件を追ううちに,「釜石クリニック」という産婦人科にたどり着く。だが彼を待っていたものは,警官辞職を迫られる罠であった・・・

 さて「新宿鮫シリーズ」の第3弾は,けれん味たっぷり,アクション満載の第2作『毒猿』とは,コントラストをなすような,じっとりとした,一種「サイコもの」を思わせる手触りを持った作品です。
 言うまでもなく,本シリーズの主人公は,新宿署防犯課のはぐれ刑事,“新宿鮫”こと鮫島警部のわけですが,本作品の前半部は,むしろ今回の鮫島の“お相手”,須藤香織・島岡ふみ枝の描写と,彼女らをめぐるストーリィに重きが置かれているように思えます。作者は,このふたりが共有する過去,そして奇妙な“絆”,香織とあかねとの歪んだ陰湿な関係,香織のためであれば良心の痛みを感じることなく殺人を遂行できる,ある意味「サイコ・キラー」的な性格ふみ枝の姿を丁寧に描き出していきます。「屍蘭」という,耳慣れないタイトルが,犯人たちの心の奥の闇を的確に表現しているように思います。むしろ,前半の鮫島は,事件の周囲をうろついているといった感が強いですね。
 ですから,鮫島にとっては事件は“謎”であっても,読者にとっては“謎”ではない,という点では,前作と同様,「謎解き」な性格はやや薄いものとなっており,このシリーズの方向性が「謎解き」よりも,鮫島と犯人との対決を軸としたサスペンスに重心を置かれているように思います。いや,もしかすると,犯人のキャラクタ造形のユニークさが重視されるようになってくるのかもしれません。

 しかし,このシリーズのメインはやはり鮫島であります。あわや辞職に追い込まれそうな罠に落とされた鮫島が,いかにしてその危機を脱出するかという後半の展開は,タイム・リミットが設定されているため,スピード感にあふれるものです。それは前半のゆっくりじっとりとした展開とは好対照をなしていて,ストーリィにメリハリを与えています。
 またこのシリーズの初期設定―警視庁の暗部を知るがゆえに「はぐれ刑事」にならざるを得なかった鮫島―が上手に生かされており,より緊迫感を高める展開になっています。前作で登場した,鮫島の理解者桃木課長とともに,少しずつ彼の理解者―それがたとえ消極的なものであったとしても―が現れてきていることも,シリーズとしての今後の展開を占う意味で興味深いものがあります。

 ところで,読んでいてどうしても映画版の鮫島役・真田広之の顔が浮かんでしまうんですよね。困ったもんだ(^^ゞ(ちなみにBS契約をしていないので,館ひろしはピンと来ません(笑))。

98/08/29読了

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